第15話:これ以上は進めない。進めてはいけない

 

 猛のことが好きだと気づいてしまった。

 淡雪の中で世界の色が変わって見えるようになった気がする。

 あの日から数日たっても、燃え始めた恋の炎は消えていない。

 恋に溺れる。

 今の淡雪はそんな言葉に支配されている。

 

――今、猛クンは何をしているの?  何を考えてるの?


 機会さえあれば、どうしようもなく、彼の事ばかり考えてしまっていた。


「お姉ちゃんー、お風呂入れたから先に入る?」

「ん。そうするわ」


 自室でくつろいでいると、結衣が部屋まで呼びに来てくれた。

どこか生返事気味に淡雪が返すと、


「どうしたの? 何か嬉しそう」

「そう? 気のせいじゃない」


 恋に浮かれて、恋に悩んで。

 今日も瞬く間に過ぎ去った、そんな一日だった。


『淡雪さんをもっと好きになりたい』


 彼の言葉が耳に残り、消えてくれない。

 常に彼の事を考えてしまう自分に気づいた時、気恥ずかしくなった。

 人は恋をすると相手の事で頭がいっぱいになってしまうものらしい。


「早く入ってねぇ。じゃないと私も後から乱入するから」

「したら追い出すわ」

「……お姉ちゃんは妹に対してつれないと思うの」

「そうかしら?」

「ここは改めて姉妹の絆を深め合う必要が」

「ないと思うわ」


 そっけなく相手にもせず。

 嫌いじゃないけど、過度の親密さもない姉妹仲。

 

「つーん。いいもんっ、あとで絶対乱入してやるんだからっ」


 結衣は頬を膨らませて拗ねて部屋から出て行ってしまった。

 

「まったく、何と言うか……本当に結衣は子供だと思うわ」


 そこが可愛いと思うことはある。

 お風呂場に移動して、彼女は湯船に身体をつかり、足を伸ばしてくつろぐ。

 この古い家でも気に入ってるのは、このお風呂だ。

 広々とした十分な広さがあり、のんびりとお風呂を楽しめる。

 

「……猛クン」


 お風呂に入りながらも彼の事を考える。

 淡雪が惹かれてしまった男の子。


「彼の事が好き」


 言葉に出すと余計に恥ずかしくて、淡雪はお湯に深くつかる。


「ダメだ。私、恋に溺れてる」


 お湯で自分の顔を洗い、淡雪はまだ緩みそうになる頬を指で押さえる。

 自分で自覚できてるだけマシかもしれない。

 ただ、自覚できても制御できなければ何の意味もないのだ。

 恋に浮かれてる自分は他人から見ればどんな風に見えるのだろう?


「……猛クン」


 好きだって気づいたあの日から淡雪はどうかしてしまった。

 こんなにも強く意識するのは淡雪の理性を失わせる。

 淡雪は恋なんてしちゃいけないのに。

 ダメだと自制する心。

 なのに、恋に浮かれる自分が幸せな気持ちにひたっている。


「どうしてなんだろう。私、彼の事を好きになっちゃうなんて」


 嫌いだった人間をここまで好きになってしまった。

 淡雪の中でずっと意識し続けてきた男の子。

 好きと嫌いは表裏一体。

 ふとしたきっかけで意識してた想いが変わってしまうもの。

 

「……でも、本気になったらダメなんだ」


 そう、これは恋人ごっこと言う遊び。

 淡雪達の関係を進展させて本当の恋人になることは望んではいけない。

 それがふたりで決めたルールでもある。


「これ以上は進めない。進めてはいけない」


 淡雪の家の事情、彼自身の想い。

 お互いに恋をしてはいけない関係なのだから、と自分を制御する。


「猛クン、好きな子がいたりするのかしら?」


 淡雪ではない誰かを、彼は好きな気がする。

 彼の傍にいると、その誰かの影を感じるのだ。

 もしかしたら、その相手は……?


「……ジー」


 ふと、お風呂場をのぞく視線に気づいて淡雪はドキッとする。


「ゆ、結衣!? いつのまに」


 お風呂場の扉をあけてこちらを覗いていた。

 いきなり現れた妹に驚かされる。


「お姉ちゃん、遅いよぉ。いつまで入っているの?」


 結衣はそのまま、服を脱いでお風呂に入ってくる。

 ふたりで入っても十分の広さだが、妹と一緒に入りたくはない。


「妹とふたりでお風呂に入る趣味はないわ」

「ひどいっ。私はお姉ちゃんのつれない態度に傷つく」

「……勝手に乱入してきてよく言う」


 好き勝手に入ってきた彼女はお湯につかると「んー」と伸びをしてから、


「だって、遅いんだもん。もう30分くらい経ってるよ?」

「……気づいてなかったわ」


 知らない間に随分と時間が経っていたらしい。

 普段から淡雪はこんなに長くお風呂に入る趣味はない。

 

「何を考えたの? 楽しそうな事を考えてるように見えたら、辛そうに見えたり?」

「人の顔色をジロジロとみない」

「むー。百面相をしてる方が悪いでしょ」


 そう言われたら返す言葉がなかった。

 結衣のくせに生意気だ。

 

「お姉ちゃん、妹がリーズナブルなお値段で相談に乗るよ?」

「それでお金を取られるのなら、いくらくらい貴方に払ってもらえるのかしら」

「うぐっ。何でもないです、ごめんなさい。無料相談、姉妹は仲良くしましょう」


 逆に結衣から相談されることは多々あり。

 その内容はほとんどがしょうもないことである。

 

「アレだね。お姉ちゃんは私に対して厳しすぎる」

「ずいぶんと優しくしてるつもりよ」

「私はもっと姉妹のスキンシップが取りたいのぉ」


 仲のいい姉妹って何だろう?

 淡雪はそう思う時がある。

 彼女が淡雪の妹でありながらも、実の母が違うと言う事実。


――半分の血の繋がり。それゆえにどこか似てないと区切ってるのかも。


 だけども、妹として距離を取っていたわけではない。

 甘ったるく、生意気で、夢見がちな妹をしつけるのは姉の役目だ。

 普通の家の姉妹と違い、多少なりとも厳しい姉妹関係を築いている。

 淡雪と違い、結衣はそんな姉にでさえ馴れ馴れしい。


「はぁ。お姉ちゃんは相変わらずスタイルが良くて羨ましい」


 淡雪の胸元を見て、彼女はそんな言葉を告げた。

 まだ中学生の結衣の体型は子供そのものだ。

 まだ膨らみかけの胸元だけではなく、身体全体的に成長期の真っ最中。


「私なんて全然、育ってないし。このままってことはないよね? ね?」

「大丈夫よ。結衣は千春さんによく似てるじゃない」

「お母さんにスタイルまで似たら、ぺったんこになっちゃうじゃんっ!?」


 千春は綺麗な人だけども胸回りはかなり寂しい。

 悲観的に顔色をかえる妹はせめてもの抵抗とばかりに淡雪にお湯をかけてくる。


「お風呂場で暴れるのはやめなさい」

「……ぐすっ、お姉ちゃんみたいに私もなりたいよぉ」

「これから成長していくんじゃないの?」

「ホントに?」

「おそらくは。多分、人並みに。成長の保証はないけども」

「せ、成長しなかったらお姉ちゃんを恨んでやるぅっ」


 ちょっぴり涙目の妹の抗議に淡雪は「成長したらいいわね」と適当に慰めておいた。

 

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