第11話:好きな相手でもできたのかしら?
月に一度、淡雪は実母である大和優子と会うことができる。
優子と直接会うことのできる時間が本当に好きだ。
親が離婚したとしても、淡雪にとっての母は彼女だけ。
――いくら千春さんが良い人でも母と呼ぶことはないもの。
月に一度の面会とも呼べる行為は幼い頃からずっと続いている。
淡雪は母が好きだ。
どんな事情があったのかは知らないけども、幼い頃に両親が離婚した。
母と引き離されたくなかった淡雪が唯一、突き通したのがこの我がままだ。
子供だった淡雪には離婚という意味も分からなかった。
ただ、大好きな母と離れると言う現実だけは分かっていた。
須藤家は当初、引き離す事に頑なだったらしい。
最後はお祖母様も認めてくれて、今のように会えるようになった。
再婚した彼女には別の家族があるのにもかかわらず、淡雪の我がままで続く行為。
時々、今の関係に不安になってこんなことを聞いてみたことがある。
『……私と会うのは、もうやめた方がいいかな?』
何も知らなかった子供のころとはもう違う。
決して本意ではないけども、仕方のないことかもしれない。
だけど、彼女は淡雪の本心からの言葉ではないと理解した上で、
『淡雪はもっと我がままになっていいわ。これは私が好きでしていることもであるの。大事な娘に会う時間は私にも大切なものなのよ』
彼女は淡雪との時間を同じように大切にしてくれている。
淡雪にとってのただひとりだけの母。
心の底から愛されている。
想いが伝わってくるから大好きだ。
その日はふたりで、買い物を終えてからカフェで少し遅めの昼食。
昼食後に淡雪達は紅茶を飲みながら雑談をしていた。
「淡雪、最近なにかいい事でもあった?」
「え?」
優子は淡雪に穏やかな微笑みを浮かべながら、
「なんとなく表情が変わった気がするわ」
「そうかな?」
「すごく笑顔が可愛くなった」
「あ、ありがと」
「ふふっ。好きな相手でもできたのかしら?」
思わず、淡雪は顔を赤くしてから否定する。
「す、好きって、あの、その……」
「あら。淡雪くらいの年ごろなら恋くらい普通でしょ」
「周囲には付き合ってる子も多いけど」
美織から言われていることを優子にまで言われてしまうとは。
気恥ずかしくて、誤魔化すように淡雪は紅茶のカップに口づけながら、
「恋なんてしてないから」
「そう? だって、学校の事を話す淡雪がずいぶんと楽しそうなんだもの」
「……気のせいです」
自分でも変化には気づいてはいたけども、人から指摘されるのは恥ずかしい。
それに。
「相手はどんな子なの? 淡雪の恋の相手が気になるわ」
その相手が“誰の家族”かなんて言えるはずもなくて。
「だ、だから、違うってば。それに、私が恋なんてするはずがない」
そう言ってごまかすのが精いっぱいだった。
――お母さんの家族だなんて言えないわ。
言えば、何かが壊れてしまうような気がして。
それを知らない優子は真面目な顔をしながら、
「家の事情を言ってるの? それは違うわ。淡雪、須藤家は確かに厳しい所もあるけども、貴方の幸せも望んでいるのよ」
「うん。分かってる」
「だから、本気で好きなら突き通しなさい」
淡雪は皆に愛されている。
祖母にも、母にも、家族にも。
だから、もしも本気で好きな人ができたら応援してくれるかもしれない。
勝手に誰も好きになってはいけない、と思い込んでいるだけなのかもしれない。
「……気になる人はいるよ」
優子に淡雪はポツリと本音を呟いていた。
気になる人はいる。
――自分が好きなのかどうか、はっきりとは言えないけども。
そこを考えて結論を出してしまうのが怖いのだ。
「そう。どんな子かしら。優しくて、頼れる年上のタイプとか?」
「どうして?」
「淡雪は意外と甘えたがりだもの。年上とかの方が甘えやすいでしょ」
そうなのかもしれない。
淡雪は自然に猛に甘えている。
「そっかぁ。優しい先輩が相手だと、淡雪もこうなるのねぇ」
「う、うぅ」
どうやら優子は淡雪の想い人が年上の先輩だと誤解しているようだ。
それを否定することはしなかった。
「あのね、彼は私が甘えても、それを嫌がることなく受け入れてくれるの。で、でも、恋とかじゃなくて……」
「いいじゃない。憧れでもなんでも。素敵な出会いがあったんだもの」
「まぁね」
「淡雪、その人との関係を大切にしなさい。恋愛は貴方を成長させてくれるわ」
「……どうなのかな。私はまだ誰にも恋はしたことがないから分からない」
ずっと嫌いだった男の子。
その相手を今は好きになりかけている。
――自分の身勝手さが嫌い。
だけど、それ以上に彼の事が……。
意識すればするほど、答えを出せないでいる。
「恋に悩み、恋に溺れる。淡雪もお年頃なのねぇ」
「お、お母さんってば。楽しそうに言わないで」
「いいじゃない。子供の成長は親の楽しみだもの」
にっこりと笑う優子に淡雪は気恥ずかしさで顔を背けた。
淡雪は猛に恋をしかけている。
その事実と向き合えないままでいた――。
別れ際に淡雪は優子の誕生日プレゼントを手渡した。
それは数日前に選んだ、クローバーのシルバーアクセサリー。
小さなハート型が合わさってる可愛いものだ。
淡雪はクローバーが好きで、そのアクセサリーをよく身に着けている。
だからこそ、母にも似あうと思いプレゼントを選んだ。
「これ、お母さんへの誕生日プレゼント。少し早いけどね」
「ありがとう、淡雪。嬉しいわ」
「気に入ってもらえたらいいんだけど」
「淡雪が選んでくれるのは可愛いから好きよ」
受け取った優子が喜んでくれるので、こちらも嬉しくなる。
「可愛い系だから迷ったけども、よかった。……お母さん」
「どうしたの?」
先ほどの続き、淡雪は言えなかった。
――今、私が気になっている相手はお母さんの家族だよ。
言いかけた言葉と想いを飲み込んだ。
「ううん、何でもない。暑いから体調を崩さないでね?」
「淡雪こそ気をつけなさい」
他愛のない会話をしてから別れを告げる。
駅に向かっていく優子を見送って、淡雪は小さくため息をつく。
「……やっぱり、言えないよね」
優子の家族、淡雪の家族。
あえて淡雪達は互いに避けるように話題にしないようにしている。
猛と同じ高校に通っていることは優子は知っているはずだけども。
「お母さんから猛クンの事を聞いたことがないんだよね」
それゆえに、触れてはいけないのだと勝手に思い込んでいる。
「ただ、妹の撫子さんの話題は時折出ているわよね」
年頃の娘の気持ちが分からない、とか程度だが。
優子は撫子の扱いにとても困ってる様子だ。
話を聞く限り、我の強そうな子なので大変そうである。
「猛クンのこと。今度会った時、思い切って聞いてみようかしら?」
触れてはいけない、そう避けてきたこと。
だからこそ、触れてみたいこともある。
もしも、優子が嫌な顔をするようだったら、話をやめたらいい。
淡雪はもっと猛の事が知りたい――。
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