第4話:愛って信頼することよ

 

 大和猛と言う男の子の事を知れば知るほどに。

 淡雪は彼に興味を抱いていく。

 5月の半ばにもなれば、淡雪が彼の傍にいることも多くなっていた。


「大和君と一緒にいる事が多いみたいだけど、仲がいいのね?」


 意味ありげな笑みと共に、美織が淡雪に囁いた。


「どうでしょう?」

「いつも一緒にお昼ご飯も食べてるじゃん」


 彼と一緒にいる時間が多くなっているのは事実だった。


「気が合うのかもしれないわね」

「……恋愛的な意味で?」

「そこはご想像にお任せします」


 はぐらかしつつも、否定はしない。

 美織の視線の先にはクラスメイトと雑談する猛の姿。

 熱愛が気になる彼女はグイグイと追及してくる。


「最近ではまるで恋人のように仲がいいと噂ですが? 実際、どうなのよ?」

「仲のいいお友達のひとりですよ?」

「ありきたりな返しじゃ満足できません」

「何を言えば満足するのかしら」

「ようやく、付き合い始めたって感じかな?」

「ようやくってどういう意味よ」


 世間の噂と現実は違う。

 淡雪達は付き合ってなどいない。

 けれども、それに似た事を始めていた。


「私と猛クンは付き合っている」

「と、認めてるわけ?」

「……そう見えるような事をしてるのは事実よ」

「どういう意味?」

「美織だけには話をしてもいいかな」


 淡雪は親友にだけは本当の事を打ち明ける。

 先に「誰にも言わないで」と口止めをしておいて、


「実は、恋人ごっこと言うのを始めてみたの」

「……ごめん、意味が分からない」

「だから、恋人ごっこ。ふたりで恋人っぽい関係の遊びをしてるの」

「さらに意味が分からないわ」

「恋人のようにみせて、恋人ではない」

「そこまでやってるなら普通に付き合っちゃいなさいよ」


 呆れ顔の彼女が正論を投げつける。

 

――手厳しい。私も少なからず同じ意見は持つけども。


 淡雪は美織に対してちゃんとした説明することに。


「私の家の事情を知ってるでしょ」

「超一流のお嬢様ってやつ?」

「恋がしたくてもできない、家の事情があるわけ」

「お祖母ちゃんの命令に従ってるって言う話でしょ。本気なら駆け落ちしちゃえ」


 あっさり、余計な事を勧める親友だった。


「しません」

「弱気なヘタレね」

「失礼な。だけど、私だって人並みに恋くらいは興味があるのよ」


 恋心を抱きたい。

 乙女心としてはそのような願望も当然にある。


「彼もそうみたい。だから、恋人ごっこをして遊んでるの」

「なるほど、遊びの関係か」

「言い方に気をつけてください。一緒にいる時間が増えたのはそのせいよ」


 今から数週間前の出来事。


『――私と恋人ごっこをしてみない?』


 淡雪の何げない言葉から始めた、恋人ごっこと言う遊び。

 疑似的な恋人体験は、恋に縁のなかった淡雪にはすごく楽しい事だった。

 

「はぁ、お嬢様は大胆なことをなさるわ」

「……呆れてる?」

「というか、驚いてる? そりゃ、大和君はルックスもよければ女子からも人気があるし。優しいタイプで淡雪とは相性もよさそうだけど」


 美織は恋人ごっこという行為に賛同的ではない様子だ。


「貴方がいいなら、反対する理由はないわ。でもね、それって恋人と何が違うわけ?」

「二人の間に愛がない」

「……身もふたもない事言いだした。淡雪にとって愛ってなに?」

「ずいぶんと哲学的な方へ話を持っていくわね」


 愛とは何か?

 なんて、真面目に考えたことはない。


「一緒にいて楽しいこと?」

「15点。これがテストなら赤点以下の追試決定コースよ」

「美織から点数評価されるんだ。しかも、低い上に厳しい」

「楽しいだけの相手ならいくらでもいるでしょ。楽しければ全て愛なの?」


 もっとものご意見。

 恋人経験のない淡雪には愛なんて未経験だ。


「えっと……キスをしたいと思うこと?」

「30点。そっか、大和君とキスがしたいのね、淡雪は……」

「ご、誤解を招く発言をしたことを謝ります。私には分からないわ」


 愛って何だ、と言われても、すぐに思いつかない。


「正解は?」

「あくまでも私の持論だけども」


 彼女は「愛って信頼することよ」と自分の髪を撫でながら答えた。


「昔の誰かが言ってたわ。愛とは信頼。相手を完全に信じる事。信頼がなければ、人は相手を愛せないって」

「なるほど。それは言えている」

「愛が終わる時って、大抵、浮気とか信頼がなくなって終わることが多いでしょ。相手を信頼できなきゃ、恋なんてできないの」

「信頼。そういうものかもしれないわね」


 その人を好きになる。

 好意を抱くには相手に対する信頼がなければ始まらない。


「しかし、そういう点数付けを彼氏もいない美織にされるなんて」

「一般論くらい言えますけど?」

「なんで、そこまで考えて恋ができないの?」

「私は運命の恋以外を信じてないからなぁ」


 身も心も焦がすような恋をしたい。

 美織もまた、心の底から信じられる相手を望んでいるのだ。

 

「私の子とは今は良い。そういう意味では恋人ごっこも同じでしょ?」

「同じ?」

「信頼できない相手に恋人ごっこの相手は務まらないし、自分を任せたくない」

「……猛クンは良い人だから信頼できるわ」

「そこよ。貴方の中で彼に対する明確な信頼があるってこと。それって、きっかけひとつで本物の恋に変わる事もあるってことじゃないの?」


 淡雪達がしているのはあくまでも、ごっこ遊びだ。

 

――ここから“恋人関係”に発展することはない。


 それを望んだとしてもできないのが現実だから。

 

「淡雪が恋に憧れて彼と恋人ごっこして、遊んでるのはいいけどさ。その先は?」

「恋人になるかもしれないってこと?」

「その可能性はないわけ? あっちの方の気持ちはどうなのよ」


 再び猛の方へと視線を向ける彼女。

 

「……あちらもあちらで恋愛には何かしらの問題があるみたいよ」

「え? そうなの?」


 雰囲気で伝わってくる。

 彼も何か恋をしたくてもできない、何か事情がある。


「恋を知りたい。恋に触れたい。でも、できない。私達は似てると思うわ」


 彼の横顔を見つめながら淡雪は言う。

 それでいいのかと思いつつも、美織は反対はしなかった。


「……淡雪たちって雰囲気も似てるからね。相性はいいかも?」

「そうかな」

「穏やかな感じがよく似てるわ。しかし、淡雪が彼に興味を抱くなんてねぇ。これまで、男の子に対して誰も興味がなかったのに」


 中学時代からの友人である美織は淡雪の事をよく知っている。


「全然、興味がなかったわけじゃ……」

「中学時代、よく懐いてた後輩の女の子を好きなんじゃないかと疑ってたことも」

「わ、私はノーマルです! そのような百合趣味はないわ」


 少なくとも、淡雪は恋愛するのは男性がいい。

 苦手意識は多少あっても、健全な恋をする方を選ぶ。

 

「これは美織にだから話すことなんだけど」

「ん? この際だから恥ずかしい事でも何でも言っちゃいなさい」

「恥ずかしいことは言いません。私ね。昔、彼に会ったことがあるのよ」


 幼い頃に淡雪は猛とほんのひと時だけ触れ合っている。

 あの時の記憶は未だに忘れられない。

 迷子になって困っていたところを助けてくれたことも。

 可愛らしい百合の花をプレゼントしてくれたことも。

 ……彼に対して一方的な嫌悪を抱いていたことも。

 嫌いになることしかできなかった。

 あの頃と今の淡雪は違うから――。


「私は彼を知りたい。興味があるの」

「……昔の彼と今の彼は違う?」

「そこまでよく知りもしていなかったのが事実かな」


 複雑な心境を抱く相手だからこそ。

 今の彼をもっと知りたい。


「だけど、ずっと意識している相手だった。あまりよくない意味で。だからこそ、今は彼を知りたいと思う気持ちも強いわ」

「家の事情も絡んでるみたいね? 大和君の家も古い家らしいからその繋がりかな。なるほど、それで因縁のある彼と恋人ごっこしてるわけか」


 ようやく事情は分かってもらえたようだ。

 

「淡雪は良くない意味で、と言ったけど。今は違うんでしょ?」

「そうじゃなければ、彼に近づいたりしていない」

「んっ。復讐とかよからぬことを考えてないのなら私は止めない」

「……あはは。そうなら、美織にも話してないわよ」


 思わず苦笑いをしてしまう。


「美織だったら、ひどいめにあわせようと企むけど」

「なんで!?」

「……美織は悪女っぽいもの」

「ぐぬぬ。淡雪ほどじゃありませんよ。裏ではすごい子なのに」

「それはない」


 憎悪と言うほど、彼を嫌いだったわけではない。

 彼の存在が許せなかったわけでもない。

 

――大好きな母の傍に無条件でいられる彼が羨ましくて、嫉妬していただけ。


 嫌悪する事で嫉妬心から来るモヤモヤした気持ちを晴らしたかっただけなのだ。

 

――幼い子供は無知で、短絡的だから。


 何もできない無力ゆえに、ただ憎むことしかできなかった。


「本当に純粋な意味で私は彼を知りたい。近づいてみたいのよ」


 彼の心に触れてみたい。

 淡雪は彼を知らなさすぎるから、もっと知りたいと思ってしまう。

 

「……ふふっ」


 そんな淡雪の様子を眺めてた美織は微笑を洩らす。


「なに?」

「今の貴方の顔、写真でもとってあげようか? まるで恋する乙女だわ」

「やめてよ。そんなつもりはないって言ってるでしょ」


 彼女はふっと淡雪の額を指で突っつきながら、


「恋の始まりって知ってる? 相手に興味を持つことなのよ」

「うぐっ」

「淡雪にとっては、もう既に恋は始まってるのかもねぇ? あははっ」


 美織にからかわれて、淡雪は何も言い返せなかった。

 恋するということ。

 淡雪はまだその意味を知らない――。

 

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