第32話:私と恋人ごっこをしませんか?


 撫子とのデート。

 アンティークショップから出た直後、前から見知った相手とすれ違う。

 子猫のような愛らしい可愛さを持つ少女だ。

 

「結衣ちゃん?」

「ん? あー、大和さんだぁ。やっほ」

 

 彼女もこちらに気づいて笑みを見せた。


――可憐な子だよな。この子はこの子で魅力がある。


 結衣は淡雪の妹で、何度か話したことがある。

 ただ、淡雪のいないところで会うのは初めてだった。

 

「うわぁ。お姉ちゃんと別れたって話は聞いてたけど、新しい彼女さん?」

「違うよ」

「ものすごく美人さんだ。大和さんって可愛い女の子好きなの?」

「……誤解を招いてるようだけども、こっちは俺の妹だよ」

「えー、そうなんだ。全然似てないね」

 

 彼女らしいばっさりとストレートな物言いに苦笑い。


「そうかな?」

「うん。兄妹ってあんまり似ないのかなぁ」


 猛と撫子はそれほど容姿が似てるとは言えない。

 男女の差があるので仕方ないだろう。

 

「兄さん、この子はもしかして?」

「淡雪さんの妹の結衣ちゃんだよ」

「狂暴なお姉ちゃんの妹の須藤結衣でーす」

「……それ、本人に聞かれた絶対に怒られるやつじゃん」


 反省の色なし、いつも通りの結衣である。

 撫子はくすっと笑い、「大和撫子ですよ」と名乗る。


「……本名?」

「そこに疑問を持たないであげて。実名です」

「可愛いお名前。大和さんもイケメンだけど、兄妹には見えない。美人さんだねぇ」

「それは当然です。本当の兄妹ではありませんから」

「えー? そうなの?」

「さ、さらっと嘘をつかないで。冗談だよ、妹の冗談」

 

 真顔で言われたので、猛は慌てて否定する。


――信じられたらどうしてくれる。


 赤の他人なら許せるが、知り合い相手となると話は別だ。

 撫子の冗談は危ない。

 それに、そのネタは本当に姉妹ではない結衣にも悪い。

 

「なんだ、冗談だったんだ。私と一緒かと思った」

「どういうことでしょう?」

「私とお姉ちゃん、お父さんは一緒だけどお母さんが違うんだぁ」

「異父姉妹ということですか?」

「そうだよ、お姉ちゃんとは半分だけの血の繋がりなの。あのお姉ちゃんほどに私は真面目じゃないし。あんな厳しい家でよく我慢できてるよねぇ」

 

 須藤家と言う旧家ならではの重圧。

 結衣の性格からすれば、堅苦しい以外の何物でもないのだろうか。

 

「そういえば、大和さん。なんでお姉ちゃんと別れたの?」

「それは……いろんな事情があるんだよ」

「事情って大人の事情? も、もしや、浮気とかしちゃった?」

「違います。あと、撫子の顔を見て言わないでくれるかな?」

「えへへ。ごめんなさーい」

 

 ちらっと撫子に視線を向けられるのが悲しかった。

 淡雪とは実際には付き合ってなくて、恋人ごっこが終わってしまっただけ。

 

――元から複雑な関係だったのでしょうがない。


 ただ、結衣的には猛と淡雪の破局は不満なようで、

 

「でもさぁ、別れなくてもいいじゃん」

「結衣ちゃんとしては俺と付き合ってた方がよかった?」

「うん。破局原因ってお姉ちゃんが原因だったりする? 」

「そういうわけじゃないさ」


 納得いかない様子の結衣はむくれながら、


「むー。お姉ちゃんとしては幸せそうだったのに」

「そう見えてた?」

「見えてたよ。お姉ちゃんは美人だから文句もないでしょ? そりゃ、家は厳しいし、性格はああ見えて腹黒いけど、そこは減点しないであげて」

「いや、腹黒くはないでしょ」

「恋人には見せないだけ。あの人の心はどす黒さが隠れてます」


 ある程度の実感をもって結衣は断言する。


――結衣ちゃんから見れば、腹黒い性格に見えるのだろうか。

 

 意外にも淡雪が悪戯っぽい性格なのは知ってるけども、腹黒いとは言えない。

 妹に見せる姉の姿はまた違うものなのかもしれない。

 

「淡雪さんの事を嫌いになったわけじゃない。今はいい友達だよ」

「当人同士の事情ってやつなんだろうけど、お姉ちゃんとお友達でいてあげて?」

「それはもちろん」

「あの人、信頼できる男の人って大和さんぐらいしかいないから」

「分かってるよ。結衣ちゃんはお姉ちゃん想いなんだな」

 

 猛の言葉に彼女はちょっと照れくさそうに笑いながら、

 

「好きだからね。お姉ちゃんは厳しいことも言うけど、基本的には私の味方もしてくれるの。やりたいようにさせてくれるんだ」

「いいお姉ちゃんなんだな」

「おばあちゃんに怒られるときは守ってくれたりするし、料理とか教えてくれたりもする。だからこそ、お姉ちゃんにも幸せになってほしいって思うの」


 姉想い、妹想い。

 何だかんだと言いながらも、お互いを大事に思いあってる姉妹なんだと感じた。

 しばらく雑談をしてから結衣は去っていった。

 明るく元気な子なので話しているとこちらも気分がいい。

 

「仲のいい姉妹じゃないか。ちゃんと互いを想いあう絆がある」

 

 そんな猛の隣で撫子はあからさまなため息をついて、

 

「兄さん。彼女、恋人ごっこではなく、本当に交際していると思ってるようです。その辺の事情を説明していないんですか?」

「……すみません」

「まぁ、言いふらすことでもないんでしょうけど」


 事が事だけに説明して回るのも変な話だ。

 自然消滅したというのが一番分かりやすい。


「私は不愉快です。事実ではないので、ちゃんとしていてもらわないと困ります」

「善処させてもらいます」

「ホントちゃんとしてくれなきゃダメですよ」

 

 恋人ごっこ、あの日々を今でも思い出す。

 何もなかったわけにはいかない。

 互いの心に傷跡のようなものを残していた。

 

「ですが、須藤先輩の性格はやはり腹黒いようです。妹さんが言ってましたからね」

「いや、そこは流そうよ」

「ふふっ。腹黒い性格ですか。やはり、彼女は私の敵のようです。あの笑顔の裏にどんな小悪魔な一面があるのか、いつか暴いてみせたいです」

 

――嫉妬する妹が普通に怖いです。


 薄ら笑いをする撫子を猛はなだめながら、

 

「二度も言わない。淡雪さんは良い子です」

「……兄さんにとって揺るぎない信頼を勝ち取ってるのが気に入りません」

「俺は多少、ギャップがあるのも知ってるからさ」

「そこが気に入られてるのでしょうねぇ?」

 

 一年近くも傍に居続けていた。

 それなりに彼女の事を理解しているつもりだ。

 

「ほら、それより、ソフトクリームでも食べないか?」

「あっ。そうでした、最近できたお店あるんですよ」

「駅前の通りのお店だろ。修斗から聞いた。優雨ちゃんのおすすめだって」

「ぜひ、そこに寄ってみましょう」

 

 彼女とのデートを再開しようとしていた時だった。

 

「兄さん。私、あることを思いついたので提案したいです」

「なんだい?」

「あのですね……私と恋人ごっこをしませんか?」

 

 妹の一言に猛は足を止めて「え?」と驚く。


――撫子さん、何を言いました?


 彼女はあからさまに意地悪な顔をして、

 

「須藤先輩とできたのであれば、私とだってできるでしょう?」

「さ、さすがに妹と恋人ごっこは……」

「あくまでも、ごっこ遊びなんですから。いいじゃないですか」

 

 撫子は返答を求めて追い込んでくる。

 

「――愛さえあれば、妹とだって、恋人になれますよ。ねぇ、兄さん?」

 

 なれるはずがないと、猛は唖然とさせられてしまう。


――撫子、例の件についてまだ許してくれていませんでした。

 

 恋人ごっこをしたツケは身をもって払わなければないけないものだった。

 

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