第30話:や、やめろぉ、やめてくれぇ!


 最大の危機到来。

 猛は冷や汗をかきながら心臓がバクバクとするのを抑える。


――ま、まずいぞ。これはホントにやばいかも。


 彼は今人生でも指折り数えるほどの危機を迎えていた。

 対処法を一つ間違えると、先日の「一緒にお風呂に入ってます」以上の波乱を巻き起こしかねない事件になりそうだった。

 

「あ、あはは。やだなぁ、そんなの都市伝説だよ」

「私も興味あるなぁ。ねぇ、猛君。生徒手帳を見せてよ?」

「優雨ちゃんまで食いつかない。おい、修斗。彼女を止めてくれ」

「あいにくと、俺も興味があってね。優雨と同じく見てみたい」

 

――冗談がすぎるぜ、キミたちまで一緒になって乗ってくるなんて。


 気が付けばクラス中の興味をひいてしまったようで、周囲が騒ぐ。

 

「なになに、面白そうな噂があるの?」

「生徒手帳に撫子さんの写真が? 噂は本当なの?」

「何もないなら見せられるよね?」

「もしも、そこまでシスコンだったら幻滅じゃすみそうないわ」

 

 これが事実なら猛の評価が地に落ちる。


――いやいや、それどころか、ど変態扱いされてしまう。

 

 ただの妹の写真ならまだしも『幼女時代のお風呂写真』だったら人生が終わる。

 非常にまずい状況に追い込まれていた。

 喉がカラカラに乾いて、言葉が出てこない。


「……落ち着こう、キミたち。プライバシーの侵害だ。いけないな、うん」

「ただ、生徒手帳を見せてって言うだけなのに?」

「うぐっ。あ、あのですね……」

 

 逃げられない、人生詰みかけ寸前だ。


「ほら、出しちゃえ。何もないんでしょう?」

「な、何もないぞ。うん、ありえるはずがない」


 彼は震える手で胸ポケットから生徒手帳を取り出そうとする。

 いつもとは違う厚みを感じて、猛は血が引く思いをする。


――う、嘘だろ、マジで何か入ってる!? 

 

 そういえば、今日、ボタンを付け替えてくれたと言っていた。

 その時に仕込まれていたとしたら?

 

『私を裏切ればどうなるか、思い知らせてあげますよ。兄さん』

 

 意地悪く笑う撫子の声が聞こえた気がする。


――マジですか。撫子さん、俺を殺しに来ましたか。


 神に祈るしかない展開に。

 どうして自分がこんな目に合わなければいけない。

 

――昨夜の出来事を許してくれたのではなかったのか。


 脳裏でいくら考えても、この状況は打破できそうにない。

 

「あれ、本当に何か入ってるね?」

「ほ、ホントに写真が?」

「マジかよ。猛、お前……そこまで堕ちてたのか」

「ま、待ってくれ。これは、何かの罠だ。そうに違いない」

「見苦しいよ、猛君。さぁ、中身は?」

 

 代表して、優雨が生徒手帳を開けるように促してくる。

 冷静さ失いかけている猛は逃亡したい気持ちだったが、逃げ道もふさがれていた。

 

――どうする……どうすればいい? 

 

 この写真が本当に例の危険物取扱いが必要な写真だったら人生はどうなる?

 開ければ最後、何も残らず人生終了のホイッスルが鳴り響く。

 こんなところで猛の人生は終わってしまうのか。

 

「……くっ」

 

 運命の時、来たる――。

 

「……っ……!?」

 

 緊張しながら、生徒手帳を開けるとその中には、


「あっ」


 本当に一枚の写真が入っていた。

 

――や、やめろぉ、やめてくれぇ!


 神は死んだ。

 もうこの世界に頼れる神はいない。


――ごめんなさい、撫子。


 裏切るつもりはなかった。

 幼女時代のお風呂写真なんて、もうロリコン&シスコンではすまない。

 猛は変態として、今日から後ろ指をさされて生きなくてはいけなくなる。


――因果応報。報いを受ける時が来たのだな。


 人間、本当にどうしようもなくなった時は冷静になれるもの。

 彼女を怒らせたことを後悔しながらそっと、写真を取り出した。

 

「「――え?」」

 

 その場の誰もが思わず表情を固まらせる。

 大方の予想を裏切るもの。

 そこに写っていたのは撫子ではなかった。

 

「……それって、もしかして、淡雪さんの写真?」

 

 言いにくそうに、優雨ちゃんが呟いた。

 

「……あ、うん。そう、みたいだ」

 

 呆然とする猛である。

 拍子抜けしたというか、いい意味で裏切られたというか。

 生徒手帳に入っていたのはなぜか淡雪の写真だった。


「これはあの時の奴か」


 夏の海で一緒に遊んだ時の写真。

 そこらのグラビアアイドルなんて目じゃない、美少女の水着姿。

 プリントアウトして部屋の片隅においてあったはずのもの。

 優雨はその写真に見覚えがあるようで、


「これって去年の夏の写真じゃない?」

「おー、そういえば、この水着の須藤さんを覚えてるぞ」

「だよねぇ。まだ猛君と親しくなる前くらいの時だった」

「偶然にデートしてる大和たちに海で会ったんだっけ」

「そうそう。仲良さげに腕なんて組んだりしててさぁ」


 優雨と修斗は思い出話を始める。

 そう、これは恋人ごっこをしていた当時の写真である。

 たまたま、優雨たちと遭遇したのだ。

 当時はさほど彼らも仲良くなく、思えばあの件を機会に友人となった。

 ある意味では思い出の写真だ。

 周囲の連中も「須藤さん?」ときょとんとしている。


――だけど、なんで撫子がこの写真を?


 疑問とするのならば、この写真の出どころだ。


――まさか撫子がこの写真を見つけていたなんて……。

 

 見つからないように、隠してたはずのもの。

 目的の写真が違った事はホッとする。

 だが、隠していたものを見つかったことにショックを受ける。

 

「大和君が大事にしてる写真って……」

「まさか須藤さんとのツーショット写真だったのか」

「それってどういうこと?」

「つまり、大和さんが須藤さんにフラれたってことじゃない」 

「破局の真相。まだ未練があるんだ。きっとそうに違いないわ」

 

 それぞれが口々に勝手な憶測を並べる。


――ハッ、写真が違った事で別の意味で誤解されてる!? 


 しかし、流れ的には悪くない流れなので止めようにも止められない。

 下手に流れを変えると、再びシスコン疑惑に目を向けられてしまう。

 何とも言えないジレンマだった。

 

「い、いや、これは……」

「大和。みなまで言うな」

「そうだ。男なら別れた元カノにまだ未練があってもおかしくない」

「お前はフラれた側だったんだな。知らなかったぜ」

「俺の携帯にもまだ元カノの写真が消せなくなくてあるんだ。気持ちは分かるよ」

 

 クラスメイトたちから妙な同情をされる。


「やめてくれ、そっちの方が辛いわ」


 猛がそう投げていてると、ふいに背後から手が伸びた。

 

「――あら、なんだか賑やかね?」

 

 写真を奪ったのは淡雪だった。

 クラスに戻ってきたばかりで状況も知らない彼女は、


「この写真は?」


 それは自らの写真であると気付くと、頬を赤らめてみせる。

 

「猛クン、私の水着の写真なんて皆に見せないでよ。恥ずかしいじゃない」

「こ、これは、その……」

「もうっ。猛クンってエッチなんだから。そういうところ、相変わらずね?」

「あのですね、この件に関しましては」

「貴方には見せてもいいけど、他人には見せちゃ嫌よ」

 

 意味深めいたことを言いながら微笑んで自分の席に戻る彼女。

 写真を突き返された彼は何とも言えない。

 クラスメイト達も唖然とした雰囲気で、

 

「さすが元カノ。余裕の受け流しだな」

「付き合ってたことがホントだったことに驚いてるわ」

「エッチなのが相変わらずって、大和君も意外と男の子?」

「いるよねぇ。草食系だと思ったら肉食系の子って」

「むしろ、自分は美食家ですって断言するタイプもいるらしい」

「……大和君は美食家さんなのですか」

 

 どうやら、大和猛は須藤淡雪にフラれたらしい。

 そんな噂が流れてしまい、皆から同情されてしまう展開に落ち込んだ。


――シスコン&ロリコン疑惑じゃないだけよかったけどな。


 どちらにしても痛い目をみた。

 精神的には今回の方がまだ楽だったと思えるだけマシだ。


――撫子を怒らせてはいけない。


 これは彼女の警告なのだ。


『私はいつでも貴方の人生を強制終了させられますよ』


 喉元にナイフを突きつけられたかような。

 そんな恐ろしい状況だった。

 次こそは猛の人生を確実に終わらせてしまうに違いない。

 

「撫子には逆らわないようにしよう。うん、絶対に」


 彼女をその気にさせたら自分は間違いなく死んでしまう。

 そのためにも、怒らせないように接していこう。

 そんな覚悟を決めた猛だった。

 


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