01.機闘

 グスタフの乗騎──鮮やかな緑に塗られた中量級の魔甲騎兵リュンクスが、その手に持った大剣を、ゆっくりと正眼からさらに高い位置へと振りかぶっていく。

 右手を人間なら右の耳があるであろう位置のさらに上まで掲げ、左手は剣に添える程度。そしてそのまま両手剣を……。

 (! アレは……!!)

 無意識の警告に従って、反射的にベイオウルフを全力で右斜め後方に跳びすさらせたおかげで、リュンクスの攻撃──右上方から下方への剣の軌跡すら霞んで見えるほどの速さの斬撃をかろうじてかわすことができた。

 「古式・時限流“飛竜フライドラゴン”──御前試合ならともかく、こんな片田舎の騎闘士興行で目にするとは思いませんでしたよ」

 スピーカー越しに軽口をたたきながらも私のこめかみにはひと筋の冷汗が流れている。


 時限流は“古式”と付く通り騎士や剣士が学ぶ剣術としては、現在ではあまりポピュラーな流派ではない。

 ただし、それは剣術としての術理が古臭い、あるいは合理的ではないという理由から廃れたというわけではなく──むしろ、相応に素質があるものが学べば、現在の帝都で花形の道場剣法のいくつかなんぞよりも、よほど実戦的で強力だろう。

 ただし、それを習得するための修練は想像を絶する過酷さらしい。私も、祖父からの伝聞なので詳しくは知らないが、立ち木に木剣で1000回斬りつけてヘシ折る(!)ところが最初の基礎練習。自分は丸腰で暗闇の中、真剣を持ったふたりに前後を挟まれた位置から同時に切りつけられて、無事生き延びられれば、ようやく初段位獲得で正式に門人と認められる……とか、頭がおかしいとしか思えないレベルの逸話がゴロゴロ転がっているようだ。

 当然、その“死練”をくぐり抜けた一人前の時限流剣士の強さと胆力は語るまでもないだろう。


 「くくっ、この構えの意味がわかるたぁ、お前さんもやっぱり何某なにがしかの武術をやってたんだな」

 「ええ、祖父から習ったほんの手慰み程度で、流派も定かではありませんが」

 「おお、そいつぁ奇遇だ。オレも剣の振り方は死んだ爺さんに習ったのさ。魔術機構マギトリクスや銃砲が主体の今の戦場で、多少“やっとう”の腕があっても……と思ってたんだが、まさかこんな形で役に立つたぁな──オラァ!!!」

 魔甲騎兵の集音器越しにでも腹の底まで響くような掛け声ととともに、グスタフの操るリュンクスが、その異名通り疾風かぜを思わせるスピードで突進してくる。

 話の隙に「もしや」と思ったので大きく後ろに跳び退って回避できたが、初動を見逃していたら、躱すことができたかどうか。

 あるいは左手の楯で受け止めるのなら間に合ったかもしれないが、その場合、あの打ち込みに楯が耐えられるものか……。

 幾度となく対戦者からの剣戟や銃弾、ときには攻撃魔術すら受け止めてきた武骨な自らの楯が、よもやこれほど頼りなく感じられるとは思ってもみなかった。


 「さぁ、どんどん行くぜぇ!」

 魔甲騎兵は人を模しているとは言え、その構造上、人間とまったく同じようには動かない──そのはずなのに、目の前のリュンクスは武術の心得のある私から見ても、まさに「剣士そのもの」といった見事な挙動で何度となく斬りつけてくる。

 私の方は、ほぼ防戦に徹し、左手の楯でいなしつつ(角度をつけて受け流しているにも関わらず、楯に幾多の傷痕が刻まれている辺り、受け止めなくて正解のようだ)、隙を見て右手の槍で牽制するのが精一杯……に見えるだろう。


 だが、この1分にも満たない攻防で、私にも付け入るべき相手の隙がおぼろげに見えてきた。

 そのひとつは攻勢が明確に途切れる瞬間があること。これは、時限流が「二の太刀要らず」と呼ばれ、逆に初撃をかわせば勝機があると言われていることと関係しているのかもしれない。

 「とは言っても、その初撃をしのぐこと自体が困難じゃし、熟達者ともなればキチンと連続攻撃も身に着けておるからの。「居合斬り同様、一撃目をかわせば此方の勝ち」などと思い込むのも危険じゃぞ?」

 と、祖父には言われていたが、先程から観察している限り、グスタフの時限流剣士としての腕は、その熟練の域にまでは達していないのだろう。


 ふたつ目は武器の違いだ。

 リュンクスの両手剣は目測で全長2プロト半程度、対してベイオウルフの右手に持つ槍の長さはそれよりさらに半プロトほど長い。もっとも、剣と槍では構え方の違いもあるため、長さの差がそのまま間合いの差に直結するわけではないし、人同士の戦いと異なり、仮に間合いで勝る方の攻撃が先に相手に当たるのだとしても、相手側がそのまま騎体の損傷を気にせず突っ込んで来る可能性も大いにある。だが、それでも「アウトレンジからの攻撃ができる」ということは、勝利を得るための真理のひとつだ。


 だが……おそらく、このふたつはグスタフ本人も気が付いてはいるはずだ。魔甲騎兵でこれほど見事な機動ができる(そして大きな町のチャンピオンになれる)人間が、はたしてそんなあから様な“穴”に何も対策していないものだろうか?


──ギャリンッッ!!!


 (! どうやら、悠長に迷っている暇はないか)

 直撃は避けているとは言え、本来は「一の太刀を疑わず」と言われる時限流の剣をかわすことは容易ではない。相手が動き出すタイミングを読んで、思い切り跳びすさることで避けているのだが、少しでも遅れると今のように振り下ろされる剣の切っ先が騎体の表面に浅い傷をつけていくのだ。

 これが生身の人同士なら、数ヵ所の浅手を受けた結果、徐々に私の動きが鈍って詰んでいただろう。


 「手も足も出ないというわけじゃあなさそうだが、どうやら剣の技量うではオレの方に分があるようだな!」

 僅かに得意げな(あるいは誇らしげな)グスタフの声がリュンクスから聞こえる。

 「悔しいがソレは認めざるを得ませんね。貴方と生身で対峙することにならなくて良かったと思います」

 「ですが」と言葉を繋ぐ。

 「騎闘士同士の戦いは、武術の腕前だけで決まるものではありません。それを証明してみせましょう」

 そう言って、ベイオウルフの左手を頭部の前まで上げ、腕に装着した大型の楯をこれみよがしにかざして見せる。


 「ほほぅ、ベイオウルフ型の楯に組み込まれた魔砲か。“百騎不当”の戦果の半数以上はソレにやられたと聞いてる。確かにそいつは厄介だが……」

 警戒は見せつつも、グスタフの声にはまだ余裕がある。

 「知ってるぜ。ソイツの威力は大型弩砲ジャイアントバリスタ並だが、射程は極端に短いんだってな」

 グスタフの言う通りだ。

 カプラ族が独自に開発し、傭兵たちに配備している魔甲騎兵ベイオウルフは、その大きな楯に隠し武器(と言っても戦場で有名になったためあまり隠れていない気もするが)として単発ながら威力の高い魔砲──魔術式の大砲カノンが組み込まれている。

 軍基地に備え付けられた大型弩砲並の破壊力というのは少々サバを読みすぎだが、確かに至近距離から最適命中クリティカルすれば、標準的な魔甲騎兵の操縦槽を一撃で半壊させられるだろう──「至近距離」で「最適命中」というふたつの条件を実戦で満たすのが、割と難しいワケだが。

 「なに、逆に考えるんですよ。1発しか撃てないんじゃない。1発でも当たればケリがつくんだ、ってね」

 「クハハッ! そういう楽天思考、嫌いじゃないぜ。なら……意地でも当たってやるワケにはいかねーな」

 互いに軽口をたたきながらも、優位なポジションをとろうと、私もグスタフもじりじりと騎体を移動させている。

 (ここだ!)

 目当ての位置──リュンクス側が背中に太陽を背負う方向まで来たところで、わたしは ベイオウルフの足を止めさせる。

 槍を握った右手を前に、楯を装着した左手を後ろ……というか腰の位置で徒手格闘の正拳突きの前動作のような形に構えさせた。

 盾の仕込まれた魔砲に魔力を注ぎ込む。

 「! 全力の一発勝負ってワケか。おもしれぇ。乗ってやろう」

 グスタフのリュンクスも足を止め、改めて両手剣を“飛竜”の型に構え直す。

 刹那、互いの動きが止まり、7プロト足らずの距離を挟んで対峙、精神集中のせいか、先程までヤジや歓声が聞こえて来た観客席からの雑音が遠くなり、自らの呼吸音だけが耳に響く。


 「フッ」と息を吐いたのは、私か彼か、あるいはその両方か。


 虚を突いたつもりだが、相手からすればそれも折り込み済みなのだろう。魔甲騎兵にとってはほんの数歩の距離をリュンクスが一直線に突進突撃し、それを私の乗るベイオウルフが左手の魔砲で迎え撃つ。

 ──そう、観客もグスタフも思っていたはずだ。


 だが……生憎私は慎重派おくびょうなのだ。


──リュンクスがベイオウルフの前に到達する直前、目の前の地面が爆発し、音と衝撃と濃厚な土煙を盛大に巻き散らす。

 無論、私が魔砲を地面に向けて軽く──20%ほどの出力で撃ったからだ。

 「ぐ、目眩ましか。だが甘いぜ、オレだって戦場帰りの魔甲騎兵乗りだ。この程度の攪乱は……」

 素早く剣を縦の振り下ろしから横に薙ぐ体勢に強引に切り替えたグスタフの戦闘勘と操縦手腕はたいしたものと言えるだろう。

 土煙をものともせずに、そのまま右から左へと刃渡り2プロト強の段平だんびらが大きくスイングされる。

 巧く当たれば良し、仮に当たらずともベイオウルフは刃を避けるために大きく後ろに跳びすさることになるから、仕切り直しになる……という目論見だったのだろう。

 だが……そこには既に“俺”はいないッ!

 「馬鹿な、魔甲騎兵が“真横にステップ”しただと!?」


 下町や村の子供たちが遊ぶポピュラーな玩具に“竿馬”と呼ばれる代物がある。2本の丈夫な長い竿の、下から半プロトほどの位置それぞれに板をくくりつけてそこに足を置き、竿の反対の端近くを左右の手で持って、乗って歩く──というバランス感覚が要求される遊びだ。

 魔甲騎兵による機動は、簡単言うならばこの竿馬に乗っているようなもので、前後への移動は比較的容易だが、真横に蟹のように動くとなると途端に難度が跳ね上がる。

 熟練者なら左右への蟹歩きが絶対に不可能というわけではないが、魔甲騎兵の構造上、極めて不格好かつ緩慢な動作になることは避けられない──というのが一般的な常識だ。

 俺が乗っているカプラ族製の魔甲騎兵ベイオウルフも、その点例外ではないが、俺はかつての上官である“彼”に裏技を教えられている。

 左右に安定して動けないならその不安定さを許容/利用すればよい──もっと簡単に言えば「右か左に重心を傾けて騎体を倒れ込ませつつ、完全に倒れ込む前にジャンプして姿勢を立て直す」のだ。突きとばされて転びかけたところを、何とかケンケンして堪えた……という構図を想像すれば近いだろうか。

 無論、このような経緯で移動した結果、姿勢や騎体重心バランスが大きく崩れているので、せっかく敵魔甲騎兵の側面に陣取っても、そのまま即座に攻撃に移ることは“普通なら”できないのだが……。


──ゴォンッ!!!


 魔砲に残された魔力を後ろ向きに放射することで、強引に接敵するための推進力を得、その勢いのまま右手に構えた槍をリュンクスの頭部──感覚器センサー類が集められた部位に突き立てる。

 「“目”と“耳”は潰した。まだ続けるか?」

 「……へっ、まさか、魔砲を飛空船の噴射機構ジェットみたく使うたぁ、思ってもみなかったぜ」

 グスタフの言葉に感嘆の響きはあったが悔しさの色はない。

 そのことに気付いた俺は、とっさに左手の楯を操縦槽の前にかざす。


──ガガガガッ!


 スタッカートに紡がれた衝撃音とともにリュンクスの肩の感覚器……に艤装された魔銃から鉄製のつぶてが発射され、ベイオウルフの上半身を襲う。

 幸い相手の“目”が潰してあり狙いが甘かったのと、楯での防御が間一髪間に合ったので、数発が腕部を掠める程度の被害で済んだ。


 「カーーーッ、これも防ぐかよ。オーケイ、降参だ」

 まったく悪びれない様子で、グスタフはあっさり自らの負けを宣言する。

 「──審判レフェリー、ジャッジを」

 油断なく槍を構え、相手の動向を見張りつつ、闘技場横リングサイドで試合の成り行きを見守っているはずの審判に、判定を促す。

 『う……第一ラウンド、2分13秒、グスタフ選手の投了宣言により、エドバーグ選手の勝利、です』

 地元のチャンプが、こうもあっさり敗北したのが予想外だったのか、スピーカーからの声はあからさまに堅かったが、それでも審判が判定シロクロをつけたことで、“私”の勝利が確定する。


 観客席から聞こえる歓声と怒号は、私とグスタフ、いずれの賭け札を買ったかによる明暗だろう。


  * * *  


 「ぅおーす、邪魔するぜー」

 控室に戻り、ベイオウルフが受けたダメージをチェックしているところに、無精髭を生やした灰髪の男が姿を見せる。

 年齢としは20代後半くらい、私より2、3歳年かさだろうか。

 浅黒く陽に灼けた肌と姿勢のよいがっしりした体格、それでいて機敏な動作は武人という言葉がピッタリで、さすがはあのリュンクスの操縦手のりてだと思わせる。

 無論、この男がグスタフだ。

 「いやぁ、やっぱ“百騎不当”は強ぇなぁ」

 つい先ほど負けたばかりだと言うのに、グスタフの声色からは、それほどネガティヴな感情は感じられない。むしろ楽しげな響きさえ込められている。

 流れ者稼業をしているせいで、人の顔色はらのそこを読むのにはそれなりに自信があるが、こちらへ恫喝イチャモンつけに来たというわけではなさそうだ。

 「──いえ、こちらこそ。よい立ち合いでした」

 試合ではなく“立ち合い”と表現すると、グスタフの相好が崩れた。

 「おっ、いいねぇ、その言い方。うん、確かにアレは時間こそ短いが、“いい立ち合い”だった」

 どうやらこの男、骨の髄から武人もののふ気質らしい。よくそれであの大戦を生き延びられたものだ。


 「と言っても、エドもそっちのオッちゃんも、別に剣と槍だけで戦ったわけじゃないよね?」

 さりげなくベイオウルフの影に隠れていた少女が、揉め事になる気配はないと感じたのか、こちらに姿を見せつつ、そんな言葉ことを抜かす。

 「カーッ、わかってねーな、嬢ちゃん。オレと“百騎不当”のあんちゃんは、あの場所リングに立って、互いに使える武装しゅだん技術わざを駆使して、真っ当に真っ向からぶつかり合った。それが大事なんじゃねーか」

 「真っ当“じゃない”手段のひとつやふたつは、いくらでも思いつくだろ?」と逆に訊き返されて、少女も不承不承頷く。

 一方的に不利な条件での戦いを強いるくらいなら可愛いもので、騎体に小細工をする、闘技場に仕掛けをする、挙句に少女を人質に八百長を強いようとした輩(そこには対戦相手だけじゃなく地元の興行士マッチメーカーなども含まれる)もいる。

 そんななりふり構わない相手に比べれば、たかが隠し武器による不意打ちくらいは“戦場いくさの倣い”の内だろう。


 「そう言えば、なぜわざわざ此処へ?」

 「おっと、忘れるところだった。試合前の約束を果たしに来たんだ」

 約束──とは、私の求める“情報”のことだろう。後で私の方から訪ねるつもりだったのに、律儀なことだ。

 「で、聞きたいのは“狂える雄牛(タウラス)”と戦ったときの手応えや詳細だったか」

 私は無言でうなずく。

 「ふぅむ……どうやら因縁のある相手らしいな」

 「ええ──恩人の仇敵の片割れです」

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