第5話


 昼休み。昨日までとは打って変わって、様々な花が咲き誇る、花の楽園のような中庭を、セルフィは一人で歩いていた。昨日の男子たちとの一件はすぐに広まり、セルフィに近づく生徒はいなくなった。

 そんなセルフィに声をかける人物がいた。

「セルフィ!」

 セルフィが声の方に視線をやると、そこにいたのは笑顔を浮かべたヴァニアスだった。

 二人はお互いに走り寄る。

 セルフィも笑顔になってヴァニアスを見上げる。

「ヴァニアス先輩。わたしにまた声をかけてくださるなんて、嬉しいです」

「君に会えて、ぼくも嬉しいよ。セルフィ今、時間はあるかい? 少しでいいんだ」

「はい、大丈夫ですけれど。わたしになにかご用ですか?」

「君に大事な話があるんだ」

「大事なお話し、ですか?」

「ああ。昨日はああ言ったんだが、本当のところを言うと、ぼくは最近、君のことが頭から離れないんだ。教室で自分の席に座って勉強している時も、実技の訓練をしている時も、寮に戻ってからも、眠りに就くまでずっと」

 聞こえてきた甘い言葉に、周囲を歩いていた生徒たちが足を止め、二人に注目しだす。

「まあ、ご冗談を。ヴァニアス先輩にはルオーネ先輩がいらっしゃるじゃありませんか」

「そうなんだ。ぼくは悪い男だ。恋人がいながら、ルオーネと一緒にいる時でさえ、君のことが頭から離れなかった。初めて君を見た時から、ぼくの心は君に奪われていた。それなのにぼくは、自分を騙すために、それに気づかないフリをしていたんだ。ルオーネとは別れてきた。君の想いを受け取らなかった次の日に、こんなこと言うなんて、凄く格好悪いんだけど、ぼくの恋人になってくれないか、セルフィ」

 ヴァニアスが片膝を地面につき、片手をセルフィに向かって伸ばす。絶世の美少年であるヴァニアスがやると、とても絵になるポーズだった。周囲の野次馬たちから冷やかしの歓声が上がる。

 セルフィは片手を口に当てて瞠目した。

「信じられない! 今わたしは夢を見ているのかしら! 女子生徒の憧れのヴァニアス先輩が、まさかわたしに告白してくださるだなんて! きっと夢だわ。わたしは今、白昼夢を見ているんだわ。きっとそう。そうに違いないわ」

「夢じゃない。これは現実なんだ。セルフィ、君の答えを聞かせてくれないか?」

 ヴァニアスがセルフィを見つめる。セルフィもヴァニアスの瞳を見つめ返す。

「はい。喜んで!」

 セルフィがヴァニアスの手を取る。するとヴァニアスがその手にそっと唇を当てた。

 その瞬間、野次馬たちの歓声が爆発した。


 ルオーネも昼休みだというのに、一人で廊下をトボトボと歩いていた。

 周囲にいる生徒たちが、ルオーネをチラチラと見ながらヒソヒソ話をしている。

「(ねえ聞いた? ルオーネさんとヴァニアス様、別れたらしいよ)」「(聞いた聞いた。驚いたわ。ヴァニアス様がルオーネさんをフッたんだってね)」

「(今朝、ルオーネさんがヴァニアス様にしがみついて、別れたくないとかって言いながら、大声で泣いてたのを見た人がいっぱいいるんだって)」

 小声で囁く彼女らの話し声が、途切れ途切れにルオーネの耳に届く。

 今朝は我を忘れていたルオーネだったが、冷静になった今、自分の醜態について後ろ指をさされ、その心は羞恥心でいっぱいになっていた。ルオーネのブレイブウォッチにブレイブエナジーがチャージされていく。

「(あんなに仲良かったのに、なんで別れたんだろうな)」

「(さあ……。ん? おい、あれ見てみろよ)」

 彼らが指さす先で、手を繋いで談笑しているヴァニアスとセルフィが廊下を横切る。

「(手繋いでたぞ。そういうことだったのか)」

「(おれもセルフィさん狙ってたんだけどな。ヴァニアスだったらしょうがねえか)」

「(セルフィって子、実は性格めっちゃ悪いって話だぜ。やめといて正解かもよ)」

「(え、そうなの? それにしてもお似合いだなあ。ルオーネさんも可愛いけど、見た目は断然セルフィさんの方が上だもんなあ)」

「(ああ。あれだけ可愛かったら、ヴァニアスがルオーネさんから鞍替えするのも頷けるわ)」

「(ルオーネさん、相手が悪かったってことだな。学院一の美人の称号も、セルフィさんにバトンタッチだな)」

 仲睦まじそうなヴァニアスとセルフィが横切るところを、ルオーネもばっちり目撃していた。

 もう二人がいなくなった空間を睨めつけながら、ルオーネは忌々しそうに呪詛を吐く。

「あの女許せませんわ! わたくしのヴァニアス様なのに! わたくしだけのヴァニアス様なのにぃ!」


 放課後、ルオーネは一年A組の教室の前にいた。

 授業が終った教室から、生徒たちがぞろぞろと出てくる。

 セルフィの姿を見つけると、ルオーネは近づいて声をかけた。

「あなたセルフィさんですわね」

「はい、そうですけど」

「ちょっといいかしら。あなたに話がありましてよ」

 ルオーネはセルフィを空き教室へと連れて行った。

 教室の真ん中で、二人が正対する。

「話ってヴァニアス様のことですか?」

 恋人同士になり、セルフィはヴァニアスのことをヴァニアス様と呼ぶようになっていた。ヴァニアスのあまりの王子様然とした佇まいに、周囲の女子たちは皆、自然とヴァニアス様と呼ぶようになるのだった。

「あなた、わたくしのヴァニアス様にちょっかいを出して、一体どういうつもりなんですの!?」

 セルフィの目が細まる。そして腕を組んでから口を開いた。

「ヴァニアス様に捨てられて、その腹いせにわたしに八つ当たりをしにきたってわけね。どうせそんなとこだろうと思ってたわ。みっともない女ね」

「な、なんですって!?」

「好きな人に恋人がいたら諦めるなんて、そんなのバカげてるわ。横取りしてなにが悪いって言うのよ」

「人の恋人を横取りするなんて、マナー違反じゃありませんの!」

「はあ!? なにがマナー違反よ。恋愛にルールなんてないわ。大体、わたしのせいにしないでよね。あんたとわたしを比べた結果、わたしを選んだのはヴァニアス様なのよ? わたしの方があんたよりも、女として魅力的だってことよ」

「誰があなたよりも魅力がないですって! あなたがわたくしのヴァニアス様に色目を使ったからこうなったんでしょうが!」

「あんたがどれだけわたしに突っかかってこようが、ヴァニアス様があんたに振り向くことは、もう二度とないのよ。ヴァニアス様にはわたしがいるんだからね。だからもうあんたのヴァニアス様じゃないの。わたしのヴァニアス様だから。そこんとこ勘違いしないでよね」

 セルフィは踵を返して空き教室から出て行こうとする。

「ま、待ちなさいな!」

 ルオーネの言葉を無視して、空き教室から出て行こうとするセルフィの腕を、ルオーネが掴んで引っ張る。

「離してよ!」

「話はまだ終わっていませんことよ!」

 暫く引っ張り合った末、セルフィがルオーネの腕を振り解き、空き教室から走って出て行った。

「わたくしのヴァニアス様じゃないですって? そんなこと、ありえませんわ!」


 ルオーネはその足で学院長室までやって来た。

 学院長室の扉をノックし、クラムスの返事を聞いてから、ルオーネは入室した。

「ルオーネじゃないか。どうしたんだ?」

 クラムスは執務机の上に広げた書類に目を通しているところだった。

「お父様。お願いがありますの」

「学校では学院長と呼びなさいと言っているだろう」

「わたくし、ヴァニアス様と別れてしまいましたの」

 クラムスは一瞬驚いた顔をした。しかしすぐにその表情を引っ込める。

「そうか。今朝、お前が泣いているところを大勢の生徒が見たと聞いた。辛かったな」

 今朝のことを思い出したのか、ルオーネの瞳に涙が浮かぶ。

「全てあのセルフィという一年生が悪いんですの! あの女がわたくしのヴァニアス様にちょっかいを出したから、ヴァニアス様はあの女に騙されているんですわ! お父様、ヴァニアス様からあの女を引き剥がしてくださいまし! そうすればヴァニアス様も目を覚まされるはずですわ!」

「それはできない」

「どうしてですの!?」

「そういう男女のもつれは恋愛をしていれば、よくあること。それはお前もわかっているはずだ。娘だからといって、特別扱いはできない」

「そんな、わたくしなにか罰を受けなければいけないような、悪いことをしましたの? わたくしはなにも悪くない。悪いのはあの女ですわ! このままではわたくしの成績は落ちて、お父様の顔に泥を塗ってしまうことになりましてよ! ですから、あの女を人の彼氏を横取りした校則違反で処罰してくださいまし!」

「いい加減にしなさい! そんな校則がないことくらい、お前も知っているだろう! この学院は恋愛を推奨している。略奪愛も恋愛だ! 落ち込む気持ちもわかるが、その悲しみを乗り越えて成長しなさい。それが失恋をした今のお前がするべきことだ!」


 学院長室を後にしたルオーネは、女子寮の自室に帰ってきていた。

 ルオーネの部屋は綺麗に片付いており、壁紙やカーテン、その他の家具が紫に統一されていた。

 ルオーネは部屋の真ん中で立ち尽くし、その身を憤怒の炎で滾らせていた。

 握りしめた拳がわなわなと震えている。

「どうしてわたくしがこんな目に遭わなければいけませんの? 全部あの女のせいですわ。あの女さえいなければ!」

 そこまで考えたルオーネは、はたと気がついた。

「……そうですわ。あの女がいなくなってしまえばいいのですわ」

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