第2話始まり
初めて会ったのは二年前。人間界で最も栄えている国、ヴィスタリア王国内の草臥れた酒屋だった。
その日は旧友であるエルフ族の一人と一日飲んだくれていて、昔話に花を咲かせていた。
酒屋自体、行きつけだったこともあり、朝から晩まで騒いでいても店主は顔色一つ変える事無くグラスを拭いてる。
お互い仕事が立て込んでいた時期なのもあり、日が落ちたのを合図に帰路に就くことにし勘定を店主にお願いしていた。
懐から革袋を出し、小銭を数えていたところで彼奴はやって来たのだ。
勢いよく扉が開き、自信に満ちた表情でツカツカと入ってきてカウンターに居た店主に声を掛ける。
『腕の立つ奴を知らない?』
俺と同じ真っ黒の髪、ボロボロのマント、如何にも安そうな裸の片手剣、くりくりとした瞳。そして何より背が低い。恐らく百五十センチメトルギリギリあるかないか。
小動物を思わせるような身なりをしていた。
そんなちんちくりんが大層な事とを聞くもんだ、と俺とエルフ、店主は声を上げて笑い、俺はその少女の頭を豪快に撫で回して声を掛けた。
『そんなことを聞いてどうするんだ?』
少女はムッとし、俺の手を払いのけると
『私はアスカ・ミシロ! 勇者だよ! 魔王を倒しに行く以外何かあると思う!?』
その言葉に俺とエルフは顔を見合わせた。
噂では聞いていたものの、こんな奴が勇者なんて。そう馬鹿にしつつも、初めての仲間集めに魔王である俺の所に来るとは流石だ、とも感心したのを記憶している。
店主は俺とエルフを一瞥すると、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべて口を開く。
『いい時に来たな、嬢ちゃん。こいつら二人が、この国一番の腕っぷしだよ』
そう聞いた時のあいつの顔は今でも覚えている。
まるで宝物でも見つけたかのような輝いた表情で俺達を見上げ、運命だと叫んで小躍りしていた。
最初は断ろうとした。魔王と勇者が同じパーティーなんて非常にまずいだろう。仮に俺の家に到着してしまったとき、どうするのか。実は俺が魔王でした、なんて可哀そうな事は言えない。
あれこれと考える俺にエルフは笑みを浮かべて耳打ちをする。
『どうせ今はお互い変装している身。途中まで付き合って切りの良いところで死んだことにすれば良かろう』
それを決めてに俺、アスベルとエルフのヴォイドは勇者パーティーに加入した。
面白い話、今世代の魔王討伐最初のパーティーメンバーが魔王と精霊王なのだ。
今回の勇者は大物になるな、と二人で笑い合ったのが懐かしく感じる。
それから様々な冒険を経て、大体一年弱で俺達二人は戦闘中の死亡により脱退することになった。
理由は、仕事が進まないとお互いの秘書からの申し出の為だ。
ドジで馬鹿で、よく自身のマントの裾を踏んでコケるような勇者を置いて行きたくはなかったが、これも運命だろうと俺らは其々の場所へと帰った。
今回の旅で分かったのは、世間での俺の評価が凄まじい事になっている事だろうか。
前回帝国と喧嘩し、ちょっかいをかけられたのを切っ掛けにやり返した結果、間違えて滅ぼしてしまったのだが、それに尾鰭が付きまくって殺戮王やら残虐の黒やら危なっかしい二つ名が飛び交っていた。
取り敢えずそれらを片っ端から消していく為に動かなければいけないのだが、俺はこの旅で一つ覚えてはいけない感情を覚えてしまった。
恋である。
俺はドジで間抜けで、時折頼もしい一面を見せる勇者、アスカ・ミシロに恋心を抱いてしまったのだ。
俺達が離脱してからも、アスカの動向は部下達から聞いていた。一応俺を討伐する為に旅を続けている奴らだ、監視は当たり前だろう。私情は一切挟んでいない。
色んな話を聞く度にどんどん好きという気持ちが溢れていくようになってしまったのだ。
その結果、俺はアスカ達一行が魔王城に辿り着けるように手配をした。
王の間に来るにつれ待ち受けている猛者達に長期休暇を与え、バカンスに行ってもらい代わりにスライムを配置する。
そして現在、俺の思惑通りここまで辿り着いてくれた。
久々に見るアスカは非常に美しく、玉座の裏側に貼ってあるステンドグラスから零れる光によって神々しく見える。
俺は痒くなった目を掻きながらゆっくりと近づいて行き、その可愛らしい唇に自らの唇を重ねた。
アスカは驚きに目を見開き、徐々に頬が赤くなっていく。可愛いやつだ。
俺は其れを眩しく思い目を細めつつ、一世一代の言葉を吐く。
「俺はアスベル、お前が好きだ。この日をずっと待っていた」
これが俺達二人の本当の馴れ初め。
魔法歴が始まって以来生き続けている俺の、二度目のスタートラインだ。
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