ナイト

 枚方中央署の前の通りを挟んで二筋め。公務員宿舎の空き部屋。秋の西日の中、刑事四人が空き部屋に詰め込まれている。

 ヴィーン、ヴィーン。

 和才はスマホのバイブで起きた。いや、起こされた。

 通話相手通知名は、"こーせー"。

 和才の隣の布団で寝ていた、背の高い刑事も和才の動きでついでに起きた。明らかに不機嫌そう。

 もう秋だが、部屋中が汗臭い。

 すまんと、その背の高い刑事に片手を真直ぐ上げ軽く謝罪し、便所の前の廊下へ直行。「はい、もしもし、和才ですけど」

 時間を見ると、夕方の4時。日にちは、、、と。

『いよー。たすく、俺や』

 最近は、聞き忘れてかかっているが忘れるわけがない、幼馴染の成田航生なりたこうせいだ。

「おー、珍しいな、なんや?」

 と和才。

『今、枚方に戻っとるらしいな』

「なんで知ってる。警察内部の機密事項やぞ」

『俺かて、新聞ぐらい読むがな。ゴルフ場の脇の溝でくたばってたやつの捜査やっとんのやろ?』

「誰から聞いた?」

『まぁ、、ええがな。今から、会われへんか?奢るでぇ』

「あほ、めっさ忙しいのに、もうちょい寝たいわ」

『さよか』

「あほ、行くわ」

 和才は、簡単に身支度すると、公務員宿舎を出た。


 京阪枚方駅前の居酒屋で、いいおっさん同士が待ち合わせ。

 和才は、夕飯代を浮かすためだけ、でもない、航生とは、立場がどんなに変わっても、まだ気兼ねなく話せる唯一の相手だ。

 かれこれ、小学生からの付き合いとなる。

 駅前から、一本入ったところの居酒屋の前に成田航生は、車を止めて待っていた。

 車は、ゼロ年代のセルシオ。航生は相当羽振りがいいらしい。

 和才は、バスで現れた。

 和才は、離婚し、独り者ということで、どうにか若い頃の原型保っているが、成田はどんどん太り、毛が薄くなっていっている。もう高校時分の原型がないに等しい。

 もともと、体も航生のほうが、背が高いので、もういまや、下手なプロレスラーのようないかつさだ。

「いよっ、」と太った、成田が言う。

「まさかの車か、航生」

「あかんのか?」

「この通り駐車禁止やろ」

 和才が駐禁の標識を指差す。

「めったにかからんで、枚方人、が言うんやからマジや」

「それに、飲むんやろ」

「検問なんて引っかかったことないぞ」

「一応、現職のサツカンなんやけど、、、、」と和才が逆に縮こまってしまう。

「じゃあ、逮捕するか、そしたら佑一人、寂しく飲食して奢りなしやで」

「おまえ、見つかったら、俺が、クビやで」

「見つかったらやろ、大丈夫ここ馴染みで、店員が教えてくれるから」

「もし、なんかあったら、恨むどおまえ、前から、そんなワイルドやったっけ」

「当たり前やがな」

 と言いながら、二人、居酒屋へ消えていく。まぁ、どうにかなるだろうと、思う和才。


 店内は、そんなに混んでるでも空いてるでもない。

 ビールから始まり、つまみから、肉系を食べて、酎ハイ、日本酒、焼酎へ。アルコール度数が上がっていく。

 話題は、阪神から、サッカーの日本代表、当たり障りのないスポーツから始まり、知人の最近の落ちぶれ度、出世度、人生の上昇度へ。

 航生は、相当、この店では気を許しているらしく、アルコールのピッチが早い。

「こんな飲むんか、いつも」

「当り前田のなんとかや。せやけど、お前が刑事とはな、、誰か、逮捕したんか?」

「してたら、こんなとこで、飲んでないわ」

「制服のときも、含めて」

「ゼロゼロ」

「どんな気分や、警官とか刑事になって世の中眺めるのって?」

「嫌な警官とか高校の頃居たやろ、地域課って言うねんけど」

「おう、一回みんなで、交番のチャリとスクーターの全部のタイヤ空気脱いたったやん。でも、そのあと見てたら若い警官が怒られれてて可哀想やったけど」

「あの時の嫌な警官のめっちゃ気分わかるどお、仕事の割に給料安すぎやわ」

「そうみたいやな、なんっちゅーダサいスニーカー履いてんね」

「2980円や」

「刑事ってどんな感じ、賄賂とか、貰えるん?」とかなり赤い顔して航生。

「上の方行ったらな、人にもよるけど、署長とか、はな、えぐいわ」

「航生んとこ、子供は、?」

「あかりと俺では、あかんみたいやな、、」

「悪いこと聞いたな、すまん」

「ええね、お前ん所は、出来ちゃった婚のあと、離婚したんやろ、茉優まゆちゃんやったっけ」

「もう高校生やわ、信じられへんど」

「え、杏奈あんなちゃんは、再婚したん?」

 少し、和才うつむいて、

「おう」

「悪いこと訊いたか」

「別に、再婚の相手も警官やど」

「あれやろ、杏奈ちゃん婦警さんやから」

「それそれ、義父おとうさんも警官やろ、そのへんで、義父おとうさんが、ぱーっとくっつけよんね」

「えぐいな」

「射殺したなるで」

「どっちを」

「両方」

「どの両方?」

「もう、やめといてんか、俺、泣いてまうし」

「あかんわ、トイレ、飲みすぎた」と真っ赤から真っ青になった航生、トイレに駆け込む。

 話が夢中で店内をあまり確認できなかった、和才だが、此れを契機にぐるっと見回す。

 見事におっさんばっかり。

 めちゃくちゃ細い目をし渋い顔して航生が戻ってきた。

「ワン・ゲロ、アップ」と航生。

 焼酎で口をブクブクさせ、

「殺菌、匂い消し、マウス・ウォッシュ」

 もう最低だ。

「もうお開きにするか?」

「吐いて、ちょっとスッキリした。俺の家でまだ飲まへん。お前住むとこどうしてんの?」

「今は、府警本部務めやし、ちゃんと大阪市内の公務員宿舎に入ってっけど」

「俺は、あかんわ、永遠にどツボの枚方や」

 航生は相当酔ってる。勘定ができるのか?和才が財布を出そうとすると、航生が軽く手で遮った。

「ええね」

 レジにも寄らず、フラフラ店を出ていく、航生。あわてて和才もついていく。

「毎度あり」

 店員誰も咎めない。

 逆に、付けなのか、と航生に訊きにくい、二人で一万円分は食ったり飲んだりしたはずだ。

「勘定、ええのか」

 和才は、店の外に出て、やっと航生に訊けた。

「顔パスやがな、いっつもめっちゃ銭落として儲けさせとるからあの店」

 秋の夜風がとても気持ちいい。

「お前それで、運転するんと、ちゃうやろうな」

 と和才。

「運転手付きやがな」

「あかりさんが来るんか?」と和才が尋ねると。

 手をブラブラさせて、否定する、航生。

「あかんわ、歩いたら、酒回るな、ツー・ゲロなるかもしれんわ」

「おい、ちょー待てよ」

「大丈夫、大丈夫、おしっこでカウント・ツー・ジョロにしとくし」

 駅前から一筋入っただけの通りで溝に立ち小便する航生。

「佑ちゃんとこうしてると、昔思い出すなぁ、、、よー殴ったけど、よー殴られたし、ええやつもいたし、嫌なやつもいたし、大阪はほんまにがら悪いし、枚方は最悪やし、ちょっと行ったら京都やし、川向うの高槻の連中はムカつくし、京阪は阪急より遅いしダサいし、、、梅田は、遠いし、南には怖すぎて、いけへんし、誰も相手にされへんし」

 と小便しながら航生が続ける。

 相当、小便をズボンに引っ掛けて、立ち小便を終えた、航生がポケットを探っている。

「佑、ちょー助けて、洒落ちゃうで、スマホ探して、店置いてきたかな」

「はぁ?」

「シャレやん、ジョーク、ジョーク」

 佑が、全部のポケット探して、スマホを出してやると、着信にすごい履歴が出ていた。 和才の酔いが一遍で冷めた。

 航生が電話しだした。

「こちら、地球防衛軍、救援お願いします。あい、あい。いつものとこ。ゴモラが大阪城公園にいてまふ。遅れんなよ、ガキの頃からの連れといっしょやし、恥かかせんなよ」

「誰が来るんや?」

舎弟しゃていやがな」

 和才の表情が固まる。

「冗談や、これでも、わし、車整備会社の社長やど、シャチョーさん、いらっしゃい?。三枝さんってまだ生きてはるん?」

「おう、名前が変わっただけや」

「あの人の司会はおもろいけど、新作落語って全然おもんないんやけど」

 二人で歩道に腰掛けて座っていると、航生が喋りだした。

「なぁー佑くん、菅っちさん、憶えてるか?」

「忘れるわけないやんけ」

「よーどつかれたな、金も取られたし」

 菅っちさんはあまり話題にしたくないぐらい、嫌な思い出だ。

「でも、二十代で事故で死なはったんやろ、葬式とかしらんけど」

 話を切り上げるためそう言った、和才。

「ひかるちゃんさん、通夜とか葬式の時、めっちゃ泣いたはったどぉ」

 と、航生が言った途端。

 航生が急にげらげらげら笑いだした。

 和才は、真剣に横の航生を見つめた。

 その時、ママチャリに乗った、スキンヘッドの若者が北の方から、ダンシングの立ちこぎで現れた。

「おう、林光勲はやしみつおくん」

おそうなりました」

「林くん、わしの小学校からのれの和才佑わさいたすくや大阪府警の刑事様やど」

「はじめまして、林といいます。よろしくお願い致します」

 林は軍隊並みに、礼儀が正しい。

「林くんよ、わしの車でまず、佑をお送りして、ほんでから、わしを家まで送ってほしい」

「ハイ、分かりました」

「おう、宜しゅうー頼むわ」

 林は、フラフラしている航生に肩にまで貸す。

「林くんの乗ってきた自転車はどうなんのや?」

 和才が尋ねると。

「後で、ダッシュでソッコー取りに来ます。大丈夫っす」

 と林が75度でお辞儀をして和才に答える。

「心配ない。チャリも、わしのやがな、佑」

 セルシオのところまで、駆けていった、林が車をぐるっと慣れた手つきで回して、戻ってきた。

 全員で、真っ黒のスモークウィンドーのセルシオに乗り込む。

「和才さんの、お住いはどちらですか?」

 和才がどう道順を説明しようか、逡巡していると。

「林、大阪府警の枚方中央署の公務員宿舎さまあてや、わかるか」と航生。

「ハイ、よう知っとります」と林。

「レッツ・ラ・ゴー・や」

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