美樹十八歳、波乱含みの武道大会

 和真達が、裏技と力業で東京体育館を貸切にして迎えた、武道大会当日。大人が戦うだけではつまらないだろうとの美樹と美那の考えで、子供向けのアトラクションをグラウンドに数多く設置し、縁日で見られる屋台の数々もサブアリーナに設けて、一律百円で利用できるよう補助を出した為、会場は親子連れの社員達で朝から盛況だった。


「やった! 桜さん、見事に倒れましたよ?」

 桜と一緒に会場入りした美樹は、護衛達を引き連れて屋台の方を回っていたが、射的の所でライフルを模した道具から飛び出したプラスチックの球が見事に最上段の的を倒したのを見て、歓声を上げた。当事者の桜も手にした銃を下ろしながら、楽しげに店員に問いかける。


「本当に良かったわ。あれだと何が貰えるの?」

「それでは一等なので、この中から選んでください」

 指し示された豪華景品を見た桜だったが、やはり子供向けの商品ばかりだった為、美樹に抱かれている真論に声をかけた。


「私は別に欲しい物は無いわね。真論ちゃん、あのぬいぐるみ、欲しい?」

「真論、あれを欲しい?」

「うん!」

 母親にも尋ねられた真論は、目の前の巨大ぬいぐるみを見て嬉々として頷いた。それを見た桜が、笑顔で申し出る。


「じゃあ、その大きなウサギのぬいぐるみをくださいな」

「畏まりました。どうぞ」

「ありがとう」

 その受け渡しをしているのを横目で見ながら、美樹は手が空いていたもう一人の店員に低く囁いた。


「グッジョブ。細工したとは思えない位、自然に倒れたわね。やるじゃない」

 実は出店者達には、車椅子の老婦人の一行には便宜を図るように予め通達を出しており、ここに来る前の水ヨーヨー釣りでも、桜には他の人間よりも強度のある紙紐を渡して貰っていた。それで美樹は、てっきりここでも何か細工がしてあったのだろうと思ったのだが、対する店員は困惑も露わに囁き返す。


「いえ、私達は何もしていませんが……」

「そう……、ありがとう」

(さすが桜さん。この年になっても侮れないわね)

 偶然か、実力か、美樹が密かに感心しながら再び桜に付き添って歩き始めると、彼女が楽しそうに話しかけてきた。


「うふふ、楽しいわね。屋台みたいな物も出してくれるなんて、おかげで楽しめたわ。若い頃は、あの人となんか行けなかったし」

「加積さんはお祭りとかに、連れて行ってくれなかったんですか? どこへでも連れて行ってくれそうでしたけど」

 確かに何人も愛人はいたが、妻にはベタ惚れだった加積を思い出しながら美樹が首を傾げると、桜は残念そうに溜め息を吐いた。


「何度も連れて行ってはくれたんだけどねぇ……。あの人は、あんな顔だったでしょう? 醸し出す雰囲気も、明らかに堅気じゃないし。周囲が怖がって遠巻きにして、すぐに巡回中の警察官とかに取り囲まれたりしてお祭り気分が台無しで、あまり楽しめなかったのよ」

 その光景を想像してみた美樹は、加積に申し訳無く思いながらも、深く納得してしまった。


「あぁ……、なるほど。そうですよね……。でも桜さん、射的が凄かったわ。予想外で驚いちゃった」

「本当ね。私も本格的に練習したら、何とかなったかしら?」

「桜さんが女スナイパーになっちゃったら、警護の人達の仕事が無くなっちゃったわね」

「それもそうね」

 微妙な空気を打ち消すように、少し強引に美樹が話題を変えると、桜はそれを感じたのか笑いながらそれに乗った。


「だけど本当に、話が出てからあの短期間で、東京体育館を1日貸切にするとは思わなかったわ」

「それは何と言っても、副社長と副社長秘書が有能だから」

「確かにそうね」

 彼女達は事も無げにそんな事を言って、無責任に笑い合っていたが、彼女達の背後で護衛任務に就いている社員達は、顔を寄せて囁き合った。


「今回ばかりは、副社長と寺島さんに同情しますね」

「ああ、今日も朝早くから、メインアリーナの本部に詰めてるんだろ?」

「二人とその周辺、ピリピリしているらしいぞ?」

 その現状にうんざりしていると、美樹が桜に提案する。


「桜さん、お昼を回りましたし、何か食べませんか? 施設内にちゃんとしたカフェや食堂はありますよが、屋台で焼きそばとかお好み焼きとか買って食べるのはどうかしら?」

「あ、良いわね! 最後は綿あめが良いわ! 人目を気にせずにかぶりつきたいの!」

「じゃあ、そうしましょうね」

(桜さんが随分喜んでくれてるし、これだけでも良かったわ。最近、外出する事もかなり減ったしね)

 それから桜が望むまま色々買い込み、テーブルと椅子が並べてある飲食用のスペースに移動して、買い食いを満喫していると、護衛メンバーから現在位置の報告を受けたらしい和真が、些か不機嫌そうにやって来た。


「よう、楽しんでるか? どう見ても、満喫しているとしか思えないがな」

 通常の五割増しの大きさの綿あめにかぶりついている女達に、彼が呆れながら声をかけると、彼女達は顔を上げて笑って応じた。


「あら、和真。ご苦労様」

「そういえば、あと三十分位で、メインイベントの時間ね。準備は大丈夫なの?」

「ああ。さっきやる気満々の社長と、すれ違ったしな」

「あらあら」

「それはそれは」

 既に私服からジャージに着替えていた和真が、嫌そうに顔を歪めながら告げた為、美樹達は揃って笑った。そんな彼女達に和真が尋ねる。


「そろそろ席に移動しないのか?」

「するつもりだけど、自由席よね?」

「基本そうだが、ばあさんの車椅子を置ける場所は限られているからな。だが車椅子席は観客席の後方に設定してあるから見えにくいと思って、アリーナに仮設の観客席を準備して、そちらに車椅子を置けるスペースも準備してある。そこに案内するから」

「あら、ありがとう。気が利くわね」

「そつの無い事。できる旦那がいると、色々楽だわ」

「言ってろ」

「それじゃあその近くに、寺島さん達を呼んでくれないかしら?」

 桜と美樹の誉め言葉に和真は苦笑したが、次に出てきた要求に不審そうな顔になった。


「……どうしてだ?」

「ちょっと美那と、女同士の話をしたくて、試合が始まる直前に来て欲しいと言ってあるのよ。陸斗君は美那と一緒に居たいだろうし、声をかけてみてくれない?」

「分かった。お前達を案内したら、声をかけて連れてくる」

 訝しそうな表情になったものの、和真はそれ以上問い詰めたりはせず、美樹達が食べ終わるのを待って一緒にメインアリーナへ移動した。


(これで仕込みはばっちりかな? 普通の試合運びになれば、何も問題は無いんだけど……。あの三人が出るわけだし、一応、予防線は張っておかないとね)

 見やすい最前列に案内された美樹達が賑やかに会話していると、予め打ち合わせていた通り、美那がやって来た。


「お姉ちゃん、来たよ! 桜さん、こんにちは!」

「はい、こんにちは。美那ちゃんは、いつも元気で良い子ね」

 美樹と同様に、生まれた直後からの顔見知りである桜は、美那の明るい笑顔での挨拶に、無意識に頬を緩めた。すると少し離れた所から、男の子が呼びかけながら駆け寄って来る。


「よしなちゃん!」

「あ、陸斗君、いらっしゃい。一緒に試合見ようか」

「うん!」

「じゃあ、お姉ちゃんと桜さんにも挨拶してね?」

「うん、わかった!」

 ちゃんと目上の人への挨拶を忘れないようにと美那に言い聞かされ、陸斗は素直に桜と美樹に向かって頭を下げた。


「よしきおねえちゃん、さくらさん、おじゃまします!」

 実は美那に連れられて、加積屋敷に遊びに行った事がある陸斗は、本人が知らないうちに実の曾祖母の桜との対面を果たしており、桜は自分達の関係に言及しないまま、元気に育っている陸斗を見て嬉しそうに笑った。


「相変わらず、可愛い紳士さんね。構いませんよ?」

「陸斗君、きちんと挨拶できたわね。寺島さん、心海さん、こんにちは」

「……はい」

「美樹さん、ご無沙汰しております」

 桜達のやり取りを微笑ましく眺めた美樹は、息子に遅れてやって来た寺島夫妻に、笑顔で挨拶した。そして心海達と世間話をしながら席を勧めつつ、憮然としている寺島を見て笑いを堪える。


(私達に極力関わり合いたくない寺島さんは、今日も仏頂面ね。でも桜さんは陸斗君の顔を見れて満足そうだし、別に良いか)

 そう割り切った美樹は、未だ私服姿の寺島に声をかけた。


「寺島さん、そろそろ準備をしないといけないんじゃない?」

「そうですね……。失礼します」

 動ける服装に着替える為、更衣室に寺島が向かってから、隣り合った席に座っている美那と陸斗が、試合について話し始めた。


「今日の試合、誰が勝つかな?」

「しゃいんのひと、いっぱいでるんだよね?」

「うん。防犯警備部門の人は殆ど出るみたいだし、その他にお父さんに加えて、お兄ちゃんも出るの。でも寺島さんも出るし、強いんでしょう?」

「つよいかもしれないけど、しんしじゃないよ」

「寺島さんが泣きそうだね」

 ツンと顔を背けながら父親を切り捨てた陸斗を見て、美那は苦笑いの表情になった。そのやり取りを至近距離で聞いた桜が、怪訝な顔で美樹に尋ねる。


「あらまあ……、陸斗君はどうしたの?」

「以前美那が、和真と寺島さんに振られた話を陸斗君にしたら、憤慨しまして。絶賛反抗期中みたいです」

「まあ……、それは難儀な事ね」

 美樹が小声で説明してきた内容を聞いて、桜は心海に聞こえないように、必死に笑いを堪えた。

 それから少しして、メインアリーナのかなりの部分を占めている畳敷きの会場に、続々と参加選手達が集まってくる。そして全員が集まった事を確認して、開催刻限になったところで、一人の男性がマイク片手に進み出て声を張り上げた。


「さあ、皆さん、ご注目! これから今日のメインイベント、第1回武道大会が開催されます! 私は今回の司会に立候補しました、開発解析部の茂野です! 最後まで、宜しくお願いします!」

 その挨拶を聞いてパラパラと拍手が起こる中、参加者達の中で困惑気味の囁き声が交わされた。


「え? 第1回って……、2回目以降もあるのか?」

「それに、あの茂野主任が、司会に立候補って……」

「この会場に、何か妙な物でも仕込んであるんじゃなかろうな?」

 不吉なものを感じた大多数の参加者達が、不安げに周囲を見回していると、茂野はそれを察したかの如く、説明を加える。


「何だか、俺の普段の仕事が仕事なんで、会場内に変な仕掛けがあるのかと邪推されている人が居るかもしれませんが、別にレーザー照射や電気ショックを食らったりしませんよ? 後片付けが面倒なんで」

「面倒じゃなかったら、やるのかよ……」

「全然、安心できない」

 参加者達が早くもうんざりしかけている中、茂野の説明が続いた。


「ルールは簡単! 会場に敷き詰められている畳から出されるか、戦闘不能と四人いる審判の誰かに判断された時点で負けで、退場して貰います。勿論、死人と重傷者を出すのは厳禁。良識と節度を守って、えげつなく闘ってくれれば良いですから!」

「部外者のお前は、簡単に言うけどな」

「完全に他人事だよな」

「『良識と節度を守って、えげつなく』って……」

 既に始める前から精神的に疲れてしまった参加者達だったが、茂野はそんな事には構わずに話を進めた。

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