足りないものを埋め合わせて…

平岡拓人

第1話

小学校から帰宅途中の少年が、肩を怒らせて歩いてくる。

踏み切りの遮断機が下がり、線路の手前で足を止める。

「はぁー。」

やっと肩から力が抜けたようだ。

しかしすぐさま、

「ぁああ!やっぱりムカつく!!」

彼は自身に対するクラスメートや先生の態度に腹をたてていた。


彼の両親はガーナ人だ。

母国にいたのでは子供を育てられないと思い、日本にやって来た。

彼は両親を恨んでいた。

ガーナにいれば自分が浮くことも無かったのに…

こんなに見た目でいじめられることも無かったのに…

自分のためにしてくれたことだと分かっているのに、両親にずっと当たってしまっていた。


彼が最後の角を曲がると、アパートの入り口に制服姿の女性警官が立っていた。

彼に気づいて駆け寄ってくる。

「アダム君だよね?」

「えっ…はい。」

女性警官はびっくりしたような顔をした。

彼は日本語が通じることに驚いているのだと思った。

彼の中で、さっきまでの怒りがこみ上げた。

みんなして僕を除け者にしやがって…

言い返そうとしたが、女性警官の悲しそうな表情を見て、言葉に詰まった。

「一緒に来てほしいところがあるの。」

そう言って女性警官は彼をパトカーに乗せた。


彼が連れて来られたのは、警察署の霊安室だった。

部屋の中には顔に布をかけられた2人の人とスーツを着た男性がいた。

「本当に辛いと思うんだけど、確認してくれる?」

そう言って男性は横になっている2人の顔から布を取った。

彼は自分の目を疑った。

横たわっていたのは彼の両親だった。

「…えっ、…何で?」

彼がいくら2人を揺すっても、目を覚ますことは無かった。

「ご両親は事故に巻き込まれてね、…」

男性が説明し始めたが、彼の耳にはほとんど届かなかった。

「今後の話なんだけど、誰か親戚の人とか…」

男性が言い終わる前に彼は部屋を飛び出した。


警察署から出て、彼はずっと走っていた。

自分がどこにいるのかわからなかったが、とにかく走った。

走りながら彼は、両親にずっと当たってしまっていたことを悔いた。

2人とも彼が苦労しないように、朝から晩まで働いていた。

勉強道具や必要なものを買ってくれた。

2人が休みの日は必ず外食に連れて行ってくれた。

彼は全て自分のためにやってくれているのだと分かっていた。

分かっていたが、どうしても恥ずかしくて感謝を伝えられず、文句ばかり言ってしまっていた。

もう2人に会うことが出来ない。

彼の目から大粒の涙がこぼれた。


ドンッ。

彼は何かにぶつかり、後ろにひっくり返った。

ぶつかったものを見上げると、白いダウンジャケットを着た男性だった。

その人はすぐにしゃがんで彼を起こして、心配そうに彼を見た。

手を動かして、口をパクパクさせている。

少しすると、彼とその人の前にある喫茶店から茶色のコートを着た女性が出てきた。

彼とその人を見て、その人の肩を叩き、何かを手で伝えている。

彼が不思議そうにその2人のやり取りを見ていると、女性が何が起こったのかを理解したらしく、彼に声をかけた。

「怪我はない?」

「…はい、大丈夫です。」

「良かった。」

女性は笑顔になった。

その笑顔を見て、男性も安心したような顔をした。

男性は彼の頭を優しく撫でた。

2人ともしゃがんで、彼を笑顔で見つめた。

彼は生まれてから今まで、こんなに優しい笑顔を日本人に向けられたことは無かった。

いつでも異物を見るような顔をされた。

彼はそれが当たり前になっていたので、2人の目をちゃんと見られなかった。

2人の優しさに導かれてか、彼は涙が止まらなくなった。

無意識に2人の首に抱きついていた。

2人は嫌がることなく彼の背中を擦った。

「大丈夫だよ。」

「…今日、お父さんとお母さんが死んじゃった…」

「そうなんだ…」

しばらくの沈黙の後、男性が彼に向かって手を動かした。

「『とりあえず、今夜はうちに泊まる?』だって。」

「えっ!?」

突然の申し出に彼は固まってしまった。

内心とても驚いていた。

名前も知らない外国人の男の子を、快く自分の家にあげる日本人がいるのか。

信じられなかった。

「これからシチューを作るから、一緒に食べない?」

女性も彼を誘った。

「…いいんですか?」

彼の表情を見て、男性が大きく頷いた。

彼の目にはさっきまでとは違う意味の涙が溢れた。

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