第8話 訪問者
『お邪魔します』
そう言って礼儀正しく安田菜々は靴を脱いだ。
『どうしたんですか?わざわざ私のところまで来て相談とは』
切り出し方がわからないので単刀直入に聞いてみることにした。
『はい、実は例の事件についての事なんですけど』
この子が例の事件という事はおそらく通り魔の事だろう。
『最近この辺りで起きた通り魔の事ですか?』
『そうです』
やっぱりか。あのお堅い署長の娘さんの事だ。この子も少し角があるだろう。
『何か周りで気になったことでも?』
『いえ、特にそれは無いのですが、やっぱり怖くて...』
『あなたにはお父さんがいるじゃないですか』
そう。この人の父親は紛れもなく我々の上司の安田署長だ。
『父とはあんまり話さないんです。ずっと仕事仕事で』
『ありのままを話せばいいのです。菜々さんが今どういう気持ちなのか、不安なのか。それをまず伝えるのが一番です』
我ながらよくこんな綺麗事を並べられたなと思う。
『そうですか。そうですよね。まず自分の気持ちを伝えるのが一番ですよね!』
どうやらこんな綺麗事で納得してしまったらしい。これで俺の名前を出された時にはどうなってしまうんだろう。
『ありがとうございます!吹っ切れました!』
『いえいえ、こちらこそこんなところまで来ていただいたのに何もできず、アドバイスしかできなくてすいません』
『岸本さんは良い人です!また今度相談に乗ってくださいね!ではまた!』
そういうと安田菜々は席を立ち、玄関へ向かった。
『それではお邪魔しました』
ぺこりと丁寧にお辞儀をして玄関を出た。
『それにしても、さすが署長の娘さんだな。礼儀がしっかりしてるな』
そのまま俺は松葉杖をつきながらベットの上に戻った。
スイーツのお店の後に来たのは洋服屋だった。
『あ!これお兄ちゃんに似合いそう!』
そう言いながら蒼蘭は俺にジャケットを俺に勧めてきた。
『本当か〜?』
『絶対似合うよ!私が保証する!』
本当に楽しそうな妹の笑顔を見て兄は一安心だ。
『ちょうど季節の変わりめで値段も安くなってるからそんなに言うなら買ってみようかな』
買ったところで着る場面はないんだが、それを今妹の前で言ってしまうと白けそうで言いそうになったところで踏みとどまった。
『じゃあ蒼蘭の買うものは俺が選んでやるよ』
『本当に??!』
本当に嬉しそうな表情を見て、少し前までいじわるしてやろうかと思っていたが、真剣に選ぼうと決意した。
『これなんかどうだ?』
俺が選んだのは赤いニット帽。
『ん〜、似合うかな〜?』
『お前は何をきても似合うから安心しろ』
『お兄ちゃんがそこまで言うならこれにしようかな』
お互い買うものが決まったのでレジへ行き会計を済ませ店を出た。
『次はどこ行く?』
『夕飯の買い物行って一緒に作りたい!』
意外だった。
アクセサリーショップに行きたいとでも言うと思ったんだが。
確かに、言われてみれば2人で一緒に作ったことがない。
『よし!今日は一緒に夕飯作るぞ!どっちが美味しくできるか勝負だ!』
『望むところだー!』
今思うと周りから見ると本当にカップルに見えたりするのだろうか。
そう思うと急に照れくさくなってきた。
しかし、蒼蘭の笑顔を見ていると気持ちが和らぐ。本当に剣道で有名なのかというくらい可愛らしい笑顔をしてる。
『品目はオムライスでどうだ!』
『お兄ちゃんには負けないよ!』
蒼蘭といると自然と笑顔になれることに今更気付けたかもしれない。
いつまでも続けば良いのに。
[ピンポーン]
ん?こんな時間になんだ?
しかもマンションのインターホンではなく、玄関のインターホンを鳴らしてくるなんて。
お隣さんか?
はぁ。こっちは足怪我してんのにめんどくさいな。
『今いきまーす』
そう適当に答えて松葉杖をついて玄関へ向かった。
ガチャっ
『どちらさんですかー?』
そう聞いた瞬間、腹部に激痛が走った。
『ゔっ』
唸りながら視線を下げると訪問者が俺の腹部にナイフを刺していた。
玄関で崩れ落ちるように倒れ込み、どうにか反撃しようと持っていた松葉杖を探す。
見つけた!そう手を伸ばした瞬間、伸ばした手にもナイフが突き刺された。
『ゔああああああっ!』
痛みをこらえようと唸りながら蹲ってしまう。
それでもなんとかしようと血まみれの手で杖を握ろうとした。
『ゔっ!ぐあああああ!』
背中にも刺されたようだ。
最後の抵抗としてその面を拝んでやろうとしたが、俺にまたがり見下ろす訪問者の顔には鬼の様なお面をつけていた。
『あはははははっ!残念。犯人はわたしでしたー♪ばーか』
ザクっ
『あっはっはっはっは!』
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