可哀遺児島のアーノルド(かわいこじまのあーのるど)

@HARUPIN

第1話

 アーノルドの頭上で、鳥たちが騒ぎ出した。かつてアーノルドの監視役だった老人たち。彼らはやがて、翔べない鳥になった。

 コウモリたちがやって来るにはまだ時間がある。コウモリが来る前に鳥たちは去って行く。アーノルドは少し、眠りたかった。

 ナンナじいさんの幹の根元に寄りかかった。バオバブには一本一本、名前がある。

 「ナンナじいさん」

 バオバブの木の皮がめくり上がり、大きな目が見開いた。重そうな瞼は深い年輪を感じさせた。

 「なんだい」

 バオバブの声(木鳴り)に反応して、また鳥たちが騒ぎ出す。アーノルドに知恵を与えるバオバブを警戒しているのだ。

 「ぼくは眠い」

 「休むといい」

 鳥たちが騒ぐ。


アーノルドは夢を見た。

一つの身体に、二つの頭を持つ鳥の夢だ。二つの頭の鳥は、いつも大きな木の下にいた。青と赤い

果実のなる木だ。島には見当たらない木だ。

 どこだろう。左の頭は青い実を、右の頭は赤い実を食べた。食べても食べても実はなくならなかった。二つの頭は食べ続けた。どのくらい時間が過ぎたのか。やがて赤い実を食べる鳥が言った。

 「おい!おれはひとりになりたい。おまえがいるとどこにもいけない。あたまだってよこにふれないんだぞ!」

 青い実を食べる鳥はびっくりして言った。

 「どうしてそんなかなしいことをいうの?こんなにあいしているのに」

 「ふん!あつくるしいやつめ!」

 やがて、昼も夜もないはずのこの世界に、夜と言う闇が訪れた。夕暮れとはこのことか?闇の前に、黒みがかった橙の円球が浮かび上がった。

 足音が聞こえた気がした。瞬間、大きな存在が降り下ろした剣で真っ二つにされた。ゆるゆると記憶の水が流れ出す。

 なんだかねむい。ああ、ねぇきみ。ぼくたちはからだがはなれてしまったの?あいしているよ、ずっと。このてだけははなさないからね。

 濃い闇は、二つの頭の鳥の食べ続けた実の汁の血で薄まり、ドーン・パープルと呼ばれる世界が始まった。まだ誰も生まれない。二つの魂を持つ二人は生まれない。まだ出逢わない。

 アーノルドは思い出した。

ああ、ぼくらは昔、彼らだった。君はどこに行ったの。会いたい。


 鳥たちが騒いでいる。コウモリたちがやって来るのだ。


 いつかおまえもああなるんだ。わかつたか。こうしてやるぞ。なりたくなかつたらにげるんじゃないぞ。こうするぞ(くちばしでバオバブの皮を上下に引く仕草をしている)きるぞ。きつてやる。ああなるんだからな、ああなるんだぞ。ああなるど、ああなる、あーなるの、あーなるど。

 

 そうしてぼくはアーノルドになった。

 ぼくも老人たちも、いつからここにいたのかわからない。覚えていないのだ。その後にもう一度二度、何か恐ろしいことが起こったような気がする。だけど思い出せない。

 老人たちは、喋れず翔べない代わりに、獣のように木を登れるようになった。そして変わらず、アーノルドを見張るのだ。

 アーノルドは呻いた。鳥の叫びと甘い花の匂いが夢を悪夢にする。今はコウモリたちがやって来て、バオバブの蜜を吸うのに花を傷付けているのだ。

 むせかえるような、甘く刺激的な花の匂いに、アーノルドは狂いそうだった。


       一話 完

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