死に際に立った俺を救ったのは死神だった。

でれるり

1「死への道はあの朝から始まっていた」


 


 こんなにも清々しい朝を迎えたのは何年ぶりだろうか。

 窓際で小鳥が囀ずり、一階からは料理中の音がする。野菜でも切っているんじゃないか?久しぶりにこんなにも早く起きた気がする。今は午前六時二十五分。いつもならまだ余裕でぐっすり寝ている頃だろう。

 窓を開けると小鳥が飛び立ち、心地よい風が身体全体に当たる。


「眠たくねぇな。しかも腹減ったし」


 昨日は確かに遅く寝た──いや、今日は遅く寝たはずなんだが、なぜだか眠たくない。



 一階へ降りると、テーブルには朝食が用意されていた。いつもはこのテーブルにつくことはないけど、今日はまだ時間がある。

 何年ぶりの朝飯だろうか。ここ最近、というよりずっと、朝飯を食べずに学校に行っていたのでそう感じてしまう。


「⋯⋯あれ? 蓮じゃない! 今日は早いじゃん」


おふくろが目をギョロギョロさせて俺の方を見てくる。


「いやぁ、なんか起きたらこんな時間だったからさ」


「そうなの? なら久しぶりに家族全員で朝ごはん食べようか」


「そうだな。親父も今日は仕事休みだろ? ⋯⋯なら、まだ寝てんじゃねーの? 親父って俺と同じぐらいの時間に起きてんだろ?」


「それがね、なんだか今日は早く目が覚めたーって、さっき散歩に出かけていったの」


 あの親父が散歩を? あの超ぐうたら親父が? 何でこうも今日に限って親子揃いもして早起きなんだ?しかもなぜ散歩に?

 疑問を抱くもなんだか非常にお腹が空いていたので蓮は急いでテーブルの席についた。



 結局親父が帰ってこなかったのでおふくろと一緒に朝飯を食った。食い終わり、俺は制服に着替えて、時間が有り余っていたのでテレビを見ていた。


「殺人犯ねぇ⋯⋯。物騒な世の中だな」


 ニュースで放送していたのは最近近くで騒がれている殺人犯についての情報だった。


「蓮ー、そろそろ学校行きなさーい」


「あ、もうそんな時間か⋯⋯はいはーい今行くよー」


 蓮は鞄を持って玄関へ走った。


「んじゃ、行ってくるわ」


「気を付けてねー。⋯⋯今日は蓮早起きしたから何か起こるんじゃないの? 」


「何もおこんねーよ。行ってきまーす」


「いってらっしゃい」


 早起きは三文の徳とは言うけれどもう既に結構良いことあったから次は不運なことがあるかも。蓮はそう思いながらゆっくりと歩いていく。



 こんなにも天気がよくて、こんなにも清々しい事が今まであっただろうか? 何だか学校に行くのが楽しみになってきた。


 少しばかり歩いていると、背後からベルをチリチリ鳴らして猛スピードで近づいてくる自転車がいた。


「お⋯⋯お前どーしちまったんだよ。何で今日は遅刻してねんだ?」


挙動不審な態度をとっているのは同じクラスの友達の島崎 航だ。


「いやぁ実は何か早く目が覚めちまって⋯⋯。だからむっちゃゆっくり学校へ行ってんだよ」


「マジかよ。お前何かあったのか?」


「別に何にもねぇーよ。ただ、早い時間に目が覚めただけだ」


「⋯⋯そっか。わかった。じゃあ先学校行くわ。じゃあなー」


 いや、一緒に学校行かないの?

 そう思いながら蓮はとぼとぼ学校を目指していく。



 駅前の近くに蓮は到着した。辺りはサラリーマンで埋め尽くされている。

 学校は駅の裏の方にあるのでここから右折して、交差点の陸橋を渡り、直線に進むとすぐにつく。


「⋯⋯うわ、陸橋むっちゃ人いるじゃん。⋯⋯横断歩道渡るっきゃねぇか」


 陸橋にはたくさんのサラリーマンや学生らで込み合っている。蓮は交差点を渡るもうひとつの手段である横断歩道を選んだ。



 ──しかし、この選択が彼の生死を分ける事になろうとは当然彼自身にもわからなかった。




 蓮はここらで一番長いであろう信号を待っていた。横断歩道も長く、向こう側の道へ行くまでは走らないと渡りきる前に信号が変わってしまう。


「ちょっとフライングするかな⋯⋯」


蓮は赤信号から青信号に変わる前に歩き始めた。

 交通量が少ない事もあってか、誰も蓮を止めようとはしなかった。



 ──その時だった。

 突如、蓮の右側から大型トラックが現れた。


「──え」


蓮は横断歩道の三分の一程度のところを歩いている途中、右側から迫るトラックに気がついた。



 周りからは誰かの悲鳴もあがっていて、『危ない』と叫んでる人もいた。



 だが、俺には聞こえなかった。

 聞こえたのはトラックの急ブレーキの音だけ。



『今日は蓮早起きしたから何か起こるんじゃないの?』


 おふくろのその一言が頭をよぎる。





 ──それが今、現実となって俺を死へと誘おうとしている。

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