―動揺―

 自由領土の西方に広がる荒野。

 それは、〈西の荒野〉と呼ばれる広大な不毛地帯であり、ウェストに繋がる一本の街道を除けば、人が存在する場所は皆無といえる。

 その〈西の荒野〉の北方にある海岸から南東に少しばかり下った所に幾つものテントが設営されていた。

 その中で一際大きなテントにノーキス軍の指令本部があった。

 曹長である一人の兵士が重い鎧を揺らして、そのテントに全速力で向かっていた。

「……ほ、報告します!」

 曹長が指令本部に息を切らせて駆け込むや否や告げると、中にいた幹部たちの視線が一気に向けられた。

 非難を投げかけるが如く不機嫌な視線を向ける幹部たちに一礼すると、曹長は額の汗を掌で拭いながら続けた。

「フ、フーシーの占拠に、し、失敗したもようです!」

 曹長の告げた言葉に幹部たちは驚愕し顔を見合わせ、どよめきたった。

「そ、それは、本当か?!」

 幹部の一人である白髪の男が戸惑いながらも、そう問い掛ける。

「は、はい! 先ほど戻ってきた偵察隊の報告によると、我が軍の部隊はなく、代わりに、〈神護の園〉の部隊がフーシーに駐留、警戒しているそうです」

「そ、そんな……」

「あの作戦内容でいけば、あそこを落とすことなど容易かったはず……」

 曹長の言葉に項垂れる白髪の男を横目に、口髭の男が呟くようにそう言うと。

「〈神護の園〉の連中が、そんなに早く着いたのか?」

 額に傷のある男がそう言いながら曹長に視線を移す。

「いや、そんなはずは……奴らの裏をかいたはず。我が軍が先に到着しているのは間違いないはずだ」

 口髭の男が恰幅の良い男を一瞥し、冷静な口調で答えた。

「そうだ。それに、連中が先に到着していたとしても、切り札があっただろ。アレを使っていれば――」

 面長の男が口髭の男の言葉に頷き、期待の視線で幹部たちを見回すと。

「ぐぅ……あの街を、あの場所を占拠できていれば、問題なかった。街が壊滅しようと、住民が全滅しようと……例え、我が部隊が全滅しようとも、問題ではなかったんだ」

 テント内の上座にいるガッシリとした体格の男が、顔を顰め身体を戦慄かせる。

「え? それは、どういう事、ですか?」

「ん? まだいたのか? もう下がれっ!」

 怪訝な表情で問い掛ける曹長に、額に傷のある男が睨みながら手をパタパタと払い命じた。

「は、はっ! し、失礼しました!」

「……フーシーの占拠に失敗。それに、〈神護の園〉の部隊が駐留か……くっ……忌々しい〈聖輝統団〉め!」

 曹長が慌てて出ていくのを見届けると、ガッシリとした体格の男はそう言って、手近のテーブルに拳を打ちつけた。

「むぅ。厄介な事になった」

「しょ、将軍、どうしますか?」

「どうするもこうするもない。この事実を隠す事は出来ないだろう。ありのまま報告するしかない。あの方に……コラムス様に……」

 将軍と呼ばれたガッシリとした体格の男はそう答えると、肩を落とし、テントを出て行った。

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