好きな女の子の奴隷になった件

@yokuwakaran

誕生スレイブネイル

 僕は弓道部の後輩、山上雪乃と良い雰囲気だ。


 皆に言われる「お前らまだ付き合ってないの?」と。


 今日こそ雪乃に僕の気持ちを伝える。


 雪乃も僕の事を好きなのは態度を見てればわかるし、周りから言わせると「お互いの気持ちはバレバレ」らしい。


 高校の部活が終わった後、僕たちは駅前のハンバーガーショップに行った。


 それで弓道部の仲間達と別れた後、今日こそ僕は雪乃に告白するつもりでいた。


 僕たちはハンバーガーショップから出ようとした。


 いや弓道部のメンバー五人はもう外へ出ていたのだ。


 店内に残っていたのは山上雪乃と悪友、木下湊(きのしたみなと)と僕、今村晶(いまむらあきら)だけであった。


 僕は雪乃と二人っきりになるタイミングを探っていたのだが、いつまでも湊が外に出ないので、中々ハンバーガーショップから出れなかったのだ。


 「じゃあなー」


 「先輩、また明日!」


 別れの言葉を口々に言いながら弓道部の面々が帰っていく。


 湊、お前も帰れよ・・・空気読め!


 しかし湊は空気が読めているからこそ、僕と雪乃を二人っきりにはしたくないようだ。


 雪乃が「帰ろう」と声をかけないと帰らないのはいつものパターンだ。


まあ暗闇の中女の子が一人で「帰る」などと言う訳がない。


 「木下先輩って多分、雪乃先輩の事好きですよ?


 今村先輩もあんまりボーっとしてたら雪乃先輩を木下先輩に取られちゃいますよ!」恋愛脳の女の後輩が言っていた。


 まさかとは思っていたが、ここに来てその事が真実味を帯びてきた。


 しかし、そこまで邪推したらいけない。


 湊は僕と帰ろうとしているだけかも知れない。


 何にしても今日は日が悪いのかも知れない。


 また改めて二人っきりになれるチャンスを探そう。





 そう思って帰り支度を終え、ハンバーガーショップを出ようとした時だった。


 僕と湊は「誰が一番早く帰るか」のチキンレースのようになっていた。


 そんな事を気にしてはいない雪乃は一足先に店から出ようとした。


 雪乃がハンバーガーショップの出口にさしかかった時、マスクとサングラスと野球帽の男が雪乃を後ろから抱きしめて首元に刃物を当てた。


 「この女がどうなっても良いのか!お前ら動くな!金を出せ!」


 湊が真っ先に動いた。


 バカか、コイツは!


 犯罪者を刺激してどうする!?


 こういう場合、隙を見つけて人質を助け出さなくてはいけないんだろうが。


 犯罪者だってトイレにも行けば、眠くもなる。


 集中力がずっと維持出来ないのは弓道をやってる者だったら、誰でも知ってる事だろう?


 今、犯人が集中力を切らせていない瞬間に仕掛けるのは下策中の下策だろうが!


 「動くなと言っただろうが!」犯人は興奮しながら手にしたバタフライナイフを振り回した。


 ダメだ・・・放っておいたら雪乃か湊のどちらか、もしくはどちらもが殺される。


 僕はヤケクソで犯人にスライディングキックをし、犯人を転倒させた。


 おそらく狙ってではないだろう。


 そんな反射神経があるなら、僕のスライディングキックで転んでいない。


 犯人は僕のスライディングキックで転ぶ瞬間、僕の心臓にバタフライナイフを突き立てたのだ。


 「あ、僕死んだ」そう僕は冷静に思った。


 バカな事をしたものだと思うが、親友や惚れた女の子が今にも殺されそうなのに、他にどんな選択肢があったのだろう?


僕は人質にされていた雪乃が犯人の元から逃げ出せていたのを見て一安心した。


しかし、全てが思ったように上手くはいかない。


強盗犯は凶器を失い、人質を失いつつも


「近付くな!


お前らも殺されたいか!?」などと言っている。


 失血死というのだろうか?


 やけに体が寒くなってきた。


 しびれているのか痛みもそれほど感じない。


 「心臓を一突きだったら即死じゃないの?」と冷静に考える自分もいたがどこからか生命力が流れ込んできているのを感じて、なかなか死なない。


 体は動かないし、全身の感覚はほとんどないが何か唇に暖かいものは感じる。


 目を薄く開けると、雪乃が僕にキスしていた。


 いや、この場合マウストゥマウスの人工呼吸か。 


 マウストゥマウスの人工呼吸は最近の常識ではやっちゃいけない事になっている。


 相手がどんな感染症を持っているかわからないからだ。


 今の常識的な人工呼吸と言えば心臓マッサージらしいが、咄嗟に心臓マッサージ出来る人がどれだけいるだろうか?


 よく「アンパンマンのマーチのリズムに合わせて心臓マッサージすれば良い」などと言うけれど、『アンパンマンのマーチ』のリズムの早さを覚えている大人がどれだけいるんだろうか?


 ・・・などと朦朧としながら考えていた。


 雪乃がキスをしているんだ。


 余韻にひたるべきかも知れない。


 でも血を流しすぎた。


 何もまともに考えられない。


 ・・・おかしい確かに何もまともに考えられなかった。


 だけど、だんだん意識ハッキリしてきてないか?


 つーかさっきまで血だまり出来てたよなあ。


 心臓に突き刺さっていたバタフライナイフが「カランカラン」と音を立てて抜け落ちた。


 よく「刺さった刃物は抜いてはいけない。


 抜くと血が噴き出してしまう」などと言うけれど、バタフライナイフが抜けても全く血は噴き出さない・・・どころか、血だまりが消え体の中に血が戻っている。


 「目を醒ましなさい」頭の中で声が聞こえる。


 天国に来たのだろうか?


 「あなたは女王、山下雪乃様の口づけを受け『美少女戦士スレイブネイル』として生まれ変わったのです」


 スレイプニール?半神ロキの子供だったっけ?


 「スレイプニールではありません。


 『スレイブネイル』です。


 あなたは奴隷戦士として女王様を守るのです。


 訳がわからない。


 声の主は誰なのか?


 何故雪乃が女王様なのか?


 何故僕が奴隷戦士なのか?


 そして何より何で僕が美少女なのか?


 「納得いってないようですね。


 時間もないので軽く説明します。


 まずは自己紹介します。


 私はスレイプニールと申します。


 私の母親は半神のロキです。


 私にとってはロキは母親ですが、兄弟であるフェンリルやヨルムンガンドにとっては父親です。


 ロキは自分が男になる事も女になる事も自由自在ですが、ロキは関わった者達全ての性別を変える事も出来るのです。


 その子供である私は関わった物の性別を自由自在に変える事は出来ませんが、女王様の選んだ奴隷戦士の性別を変え戦士にする事は出来ます。


 山上雪乃様は世界の救世主として女王様に選ばれました。


 しかし雪乃様は奴隷を持つ事を拒否していました。


 ですが、奴隷に力を与える事が出来て、傷を癒す事が出来るという事を先ほど思い出したのでしょう。


 死の淵にあったあなたは女王様と契約する事で傷が癒され命をつなぎ止めたのです」


 「何で助かったのかはわかった。


 女王と契約し奴隷になったから僕は助かったんだね。


 奴隷になったのはしょうがない。


 奴隷契約しないと命が助からなかったんだからね。


 三只眼吽迦羅のパイと无のヤクモみたいな関係だね。


 ただ・・・美少女ってどういう事?


 何で僕が女の子なのさ?」


 「女王様の役割は美少女戦士であり奴隷戦士でもある『スレイブネイル』になる少女と契約する事です。


誰でも『スレイブネイル』になれる訳ではありません。


まずは女王様との相性・・・これは全く問題ありませんね。


そして『心に秘めた性癖』も全く問題ないようです」


「『僕が潜在的なマゾで奴隷向き』ていう失礼極まりない物言いはこの際置いておくとして、一番の問題は別にあるでしょ?


女王と契約するのは『美少女戦士』なんでしょ?


僕は『美少女』どころか女の子ですらないじゃない」


 「あなたは女王と契約したのですから、美少女奴隷戦士として活動しなくてはなりません。


 あなたを女性に変えたのは私が母親から受け継いだ能力です。


あなたが蘇生した時点であなたは『美少女戦士』としての条件を満たしているという事です。


実際あなたは見た事がないほどの美少女ですよ。


あなたの性癖は知りません。


あなたが元々持っていた物です。


私は一切ノータッチです。


 しかし女王はあなたを蘇生させるのに力を使い果たしました。


 あなたのような奴隷戦士は主人から力を受け取らなくては戦えないどころか変身する事すら出来ません。


あなたは今『力を分け与えてくださるはずのご主人様の力が枯渇している』状態です。


絶対絶命のピンチです。


そんなピンチの状態で犯人は健在です。


 犯人はバタフライナイフは手放しましたけれど、怖がって誰も犯人に近づいていません。


 まだ犯人は凶器を持っている可能性があります」


 「そうは言うけど、僕は今、戦う力はスッカラカンで雪乃から力を受け取らないと戦えないんだろ?」


 「女王様の力をチャージすれば良いんですよ。


そうすればあなたは女王様から戦う力を受け取る事が出来ます」


 「チャージ?どうやるんだ?」


 「力の源は恋愛感情です。


 あなたを蘇生させた女王の力の源も恋愛感情です。


女王様はあなたを救うために力が枯渇したというのもあります。


ですが、それ以上に好きだった異性が同性になってしまって、恋心が湧きにくいという状態です。


相思相愛がベストです。


女王が恋愛感情を抱く相手とキスをする・・・それが次善の策です。


しかし雪乃様が恋愛感情を抱いていた殿方は今は女の子です。


でも恋愛感情は何も雪乃様が抱いていなくても、雪乃様に向けられた物でも効果は同じです。


要は『相手が雪乃様に恋していれば良い』んです」スレイプニールは言う。


ちょっと待ってくれ。


雪乃に恋心を抱いている人物に思い当たりがあるし、そいつはここにいる。


しかし僕は湊と雪乃のキスに心が耐えられるだろうか?


何を考えているんだ!?


僕にとって湊も雪乃も大切だ。


二人が助かる方法が湊と雪乃のキスなら僕の感情は後回しにして、二人はキスすべきじゃないか!


「言い忘れてましたけど奴隷の考えている事は主人に筒抜けです。


奴隷は主人に隠し事は出来ません。


奴隷の心の中まで主人は閲覧可能です。


今のあなたの心の葛藤は雪乃様に伝わっています」スレイプニールは言った。


湊にスレイプニールは見えていないらしい。


雪乃はスレイプニールに対して首肯くと、湊にキスをした。


湊は何事が起きたのかわからず一瞬固まったが、雪乃をガバッと抱き締め長いキスを交わした。


僕は湊に少し呆れた。


湊は刺された僕が刺し傷が消えた事も、女の子に変わった事もまだ知らない。


湊・・・お前は親友が刺されて死んだと思ってるのに、ホレた女の子とのキスに夢中になっているのか?


 しかしホレた女と親友のキスシーンって心にクるものがあるな・・・。 


それとは別に体に力が満ちてくる。


雪乃の体にチャージされた力が僕の体に流れ込んできているのだ。


「今です!


今こそ『美少女戦士スレイブネイル』に変身してください!


大丈夫です!


魔力のない人には美少女戦士の変身シーンは見えません!


誰もあなたの正体には気付かないでしょう!


さあ、叫んで下さい!


『エボリューション』!」


「『エ、エボリューション』!」 


僕は光に包まれた。


奴隷戦士ってやっぱりM嬢チックなのね。


恰好がボンテージ的というか、コルセットで胴回りを固めているというか・・・。


変身した衣装の着心地はお世辞にも良くない。


当たり前だ胴廻りはコルセットで締めつけているし、素材はエナメルを中心とした衣装で全くと言って良いほど伸縮性に乏しい。


こんな着心地は良くないのにしっくりくる。


『この衣装は僕のための衣装だ』とハッキリわかる。


しかしわからない事もある。


布地で出来ている部分もある。


マイクロミニスカートや衣装のそこかしこに付いているフリルは布で出来ている。


布で出来ている部分は別として、身体中ともすれば『拘束している』と言うべき衣装で、唯一ゆったりと布で作られた部分がある。


それが胸周りだ。


いや、今の僕は締め付けるほど胸はない。


巨乳、爆乳と言われる雪乃とは違い貧乳だ。


サイズにしてAAと言ったところか。


そんな事は関係ない。


何で胸だけはゆったりした作りにしたんだ?


「あ、その胸の布地は取り外し可能です。


布を取ると胸があらわになります」スレイプニールは僕に説明するが


「やめてー!


私の性癖全開の衣装の解説をしないでー!」と雪乃は悶えている。


しかし悶えていた雪乃は変身した僕の姿を見るとひと言ボソッと「可愛い」と言った。


「この恰好は雪乃様の好みです」


そうなのか?


雪乃はこんな恰好を奴隷の女の子にさせたいのか?


「雪乃様は女王様適正者の中でもズバ抜けた適正を持った方です。


雪乃様は奴隷がいたらこんな恰好をさせたいと、衣装のデザインまでしておりました。


正に今、夢が叶って奴隷の少女の前にいるといったところでしょう」スレイプニールは言うが、好きな人に性癖をバラされた雪乃はガックリと項垂れていた。


だが僕は全く雪乃に失望しなかった。


 性癖と人間性は全く別だ。


 AVで女子高生モノが好きなヤツがナイスガイだったりする。


 雪乃がサディストの気があったとしても・・・いやあるのだろう。


 最初、女王と聞いた時、中世の女城主を思い浮かべた。


 しかしそういう意味の『女王様』ではないのだ。


 雪乃はサディストとしての性癖を秘めている者の中から世界を救う救世主として選ばれたのだ。


 雪乃は僕を下僕にしたいという願望があるのだろうか?


 いや、実際に今僕は雪乃の下僕な訳だが・・・。


爪を見るとメタリックピンクにマニキュアが塗られている。


変身前はマニキュアは塗られていなかったのでこれが『スレイブネイル』のネイル要素なのだろう。


「因みに『スレイブネイル』と言う名前は雪乃様が考えました。


『スレイブネイルって名前にするならネイルが手付かずって訳にはいかないわよね』と言ってピンクのマニキュアを塗る事にしたんです。


『本当は奴隷はマニキュア塗るべきじゃないのよね~』って散々悩んだ結果、メタリックピンクのマニキュアを塗る事にしたんですよ。


雪乃様は奴隷に貞淑さを求めます。


あまり派手な恰好も化粧もネイルもしないで下さい」スレイプニールは僕に言う。


「晶先輩に『奴隷の何たるか』を教育しないで~!」雪乃が頭を抱えて何か言っている。


「今であれば犯人を倒すだけのMPはあると思います」


「MP?マジックポイントか?」


「いえ、マゾポイントです。


あなたはご主人様からマゾポイントをもらって敵と戦うのです」


「本当にろくでもないな!


まぁいいや!


戦い方を教えてよ」


「わかりました!


良いですか?


犯人があなたに殴りかかってきたら、その拳をかわして殴り返して下さい。


そうすれば相手の力も利用して殴る事が出来ます」


「それ『クロスカウンター』じゃねーか!


美少女戦士の戦闘手段じゃねーだろ!」


「今の二人の関係性ではそれが精一杯です。


二人が奴隷とご主人様として関係を深めれば、他にも戦うスキルを得るはずです。


今の二人の関係性でも貯まったMPでもせいぜい『相手の攻撃が止まって見える』というだけです。」 


 「わかった。


 刃物を持っているかも知れない凶悪犯と戦う手段があるなら贅沢は言ってられない」


 「それにそのバトルスーツは刃を通しません」


 「『刃を通さない』って言ったってバトルスーツの部分少ない・・・って言うか肌露出しすぎじゃない?


 そこ狙われたら普通に刃刺さるんでしょ?」


 「奴隷がご主人様の美的感覚に文句をつけてはいけません。


 バトルスーツの造形は御主人様の美的感覚です」


 そうなのか。


 雪乃が真っ赤になり俯いている。


 



 このやりとりをわかっているのは、僕と雪乃とスレイプニールだけである。


 ここにいる人達の気持ちは「突然薄着のボンテージ姿の痴女の女の子が凶悪犯罪者の前に現れた。


 頭おかしいのかな?」といったところである。


 「なんだ?


 誰だオメー?


 頭おかしいのか?」強盗は言う。


 お前に「おかしい」とか言われたくない。


 僕は確かにイカれた恰好をしているかも知れない。


 でも「強盗をしない」「人を殺さない」だけの分別はあるつもりだ。


 しかし何て答えよう?


 「お前は誰だ?」と聞かれてバカ正直に「今村晶でございます」とでも答えるべきだろうか?


 「本名を答えてどうするんですか!?


 そこは『美少女戦士スレイブネイルただいま見参!私を叩いて良いのは御主人様だけよ!』と言ってください。


 因みにこの登場の口上を考えたのは雪乃様です」スレイプニールが言う。


 「やめてー!もう許してー!」雪乃が頭を抱えて叫んでいる。


 しかしこのやりとりは周りの人々には見えていない。


 周りに人々は雪乃が人質になったストレスで発狂したと思い込んで気の毒な人を見る目で雪乃を見ている。


 「とりあえず名乗らなきゃ話が進まない!


 今回はその口上で良いから次からはもっとまともな口上を考えといてよ!」


 「おまかせください。


 雪乃様は登場の口上だけで数百種類考えておられます」


 「ええっと・・美少女戦士スレイブネイルただいま見参!私を叩いて良いのは御主人様だけよ!・・・で良いんだっけ?」僕は仮の口上を凶悪犯に言った。


 「か・・・可愛い」雪乃がうわ言のように何か言っている。


 口上も恰好も雪乃が評価しないと浮かばれない。


 他の誰もが「頭がおかしい」と思っても考えた雪乃だけは良かれと思って考えた恰好じゃないとおかしい。


 「ナメてんのかコラぁ!」凶悪犯が殴りかかってきた。


 そりゃバカにされてると思うよなあ・・・こんなイカれた恰好の女の子が一人立ちふさがって、何かよくわかんない口上を述べてるんだから。


 しかしコイツ人間のクズだな。


 人間のクズの条件の一つに『女の子を全力で殴れる』というモノがあるけど、まあコイツは強盗で殺人犯で女の子を全力で殴れる・・・クズの三冠王みたいなヤツだ。


手加減は必要ない。


 凶悪犯のパンチに合わせてカウンターの拳を叩きこむ。


 世界はスローモーションのように流れていく。


 これがMPの力か。


 しかし美少女戦士の戦い方じゃねーな。


 ボクサーみたいじゃねーか。


 グシャ


 僕の拳が凶悪犯の鼻っ面にめり込む。


 凶悪犯がうめきながら崩れ落ちる。


 凶悪犯が意識を失っているのを見た者たちが一斉に凶悪犯に襲い掛かり、手足をグルグルに拘束した。


 こうして強盗事件は解決した。





 人質になった雪乃は警察の現場検証で時間がかかるようだ。


 僕はというと・・・困っていた。


 変身がとけて、元の恰好に戻ったのは良いが、元の服はサイズが全然合わない上に、胸に大きな穴が開いている。


 そういや胸にバタフライナイフを刺されたんだった。


 胸のところに大きな穴が開いている上にバタフライナイフが抜け落ちる時、服の胸の周りの布を切り裂いている。


 つまりこの服を着るという事はポロリどころではなくモロ出しだ。


 しかし着替えはない。


 僕はバスタオルをかぶり途方に暮れていた。


 そこに「服買ってきた。これ着ろよ」と湊が袋を投げつけてきた。


 そこにはTシャツやキュロットパンツなど「着て帰る服がない」と困っていた僕が欲しがっていた物が入っていた。


 「気を付けろよ。


 女の子なんだからあんまり無茶な事するなよな」湊はそう言うと僕の頭にポンっと手を乗っけた。


 いかん。


 思わずちょっとときめいてしまった。


 僕はホモか?


 いや、僕は今、男じゃないから普通なのか?


 ・・・ちょっと待て。


 湊は僕が女の子になった事も『スレイブネイル』の事も知らないはずだ。


 なのに何で何もなかったように僕を女の子扱いするんだ?


 僕の頭の中での疑問にスレイプニールが答える。


 「この世界にいる人達の記憶を改竄させて頂きました。


 あなたは雪乃様つきのメイドで、雪乃様のお屋敷に一緒に住んでいるし、一緒に学校に通っている事になっています。


 あなたはクラスでも弓道部でも木下さんと一緒という設定ですね。


 今村晶が男だった事を知っているのはこの世界ではあなた自身と雪乃様と私、スレイプニールだけです。


 あなたは今まで通り、学校に通っても問題はありません。


 ただ人間関係は多少変化していますので注意は必要です」


 確かに雪乃は社長令嬢で大きな屋敷に住んでいるし、屋敷には沢山のメイドがいる。


 僕はその中に一人という設定だと言う。


 湊は僕の事を女の子として認識しているという。


 割り切らなくてはいけない。


 これは雪乃が僕を助けようとした結果なのだ。


 「こうならなければ良かった」と思う事は「僕なんて死ねば良かった」と思う事で、雪乃が良かれと思ってした事を責める・・・という事なのだ。


 「僕はこれからどうするべきなのか?」僕はそっと呟いた。


 


 

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