第6話 不思議なお客人だなー


 自尊心の塊は、小麦色の褐色肌と鳩の羽のように真っ白な髪を持つアバターを使用していた。衣服はご主人様と同じ真っ白なままだったが、ずぼらなようで逆にそれが似合っている。

 ただ、溢れ出る自尊心を隠しきれないのか、隠す気がないのか、その表情はどこまでも勝ち気で、自信に満ちていて、そこにはどこにも影なんてなかった。


 現実世界とか、電子世界とか、電脳世界とか。

 そういう類いの比喩ではなく。

 この人は、ご主人様とは全く別の世界を生きている人だ。


 そう直感させられた。


「J三八番だ。本人から聞かされていると思うが、今日より三日間、A二〇〇〇一番を観察し記録させてもらう」

「……初耳です」

「……なんだと?」


 J三八番は見るからに動揺する。しかし、すぐさま先ほどと変わらない自信に満ちた表情となる。


「そう言えば、あいつは会話が苦手だったな。ならば、お前が聞かされていないのも納得だ」


 J三八番が知るご主人様は少なくとも一年近く前のご主人様であるはずだ。その頃のご主人様は、確かに会話が苦手だったが、今現在のご主人様はそうではない。

 話しかければ返事をくれるし、たまになにか事務的用件のためにあの人から話しかけてくることも……。あ、これ一年前と大して変わらない。


「とりあえず、ご主人様の部屋に案内しましょうか?」

「任せた」


 任されてしまった。と言っても、出てきた部屋に戻るだけなのだが。


 それにしてもこのお客人、いっそ清々しいほどの俺様ぶりである。ご主人様以外の人間とは初めて接するのだが、もしかして人間の性格というものは一様に大体こんな感じなのだろうか。

 ……この人達が特別ということにしておこう。五十万と一人の人間全員がこんなのとか、流石の私も想像しただけで疲れを感じてしまう。


「やあA二〇〇〇一番、久し振りだな」

「……誰だ?」


 初対面かよ!? まるで知り合いみたいな話しかけたくせに!? 


 見れば、J三八番も私と同じように動揺を隠せないでいる。

 なるほど、原因はご主人様か。私はそう断じたのだが、このお客人は違ったらしく、


「なに? つまりお前はA二〇〇〇一番ではないのか? 私の勘違いだったとでも? そんな馬鹿な」

「俺はA二〇〇〇一番だ」

「そうだろう、そうだろう。しかし、何故私がわからない? まさかとは思うが、記憶障害か?」

「その心配はない」

「……どういう、ことなのだ……?」


 頭の上にクエスチョンマークを沢山浮かべているように私には見えた。

 さては馬鹿だな、こいつ。そしてどうやら、私よりもご主人様の扱いが苦手と見える。

 ここはひとつ、お手本を見せてあげよう。


「んんっ、ご主人様? ちょっと良いですか?」

「どうした?」


 私が声をかけると、ご主人様はJ三八番から私に視線の先を移し変える。


「このお方について、なにかの心当たりはありませんか? ご主人様に客人なんて、大変珍しいと思うのですが」

「こいつに心当たりなど……いや」


 私の問いに、ご主人様は一瞬考えるように目を伏せ、


「……J三八番」

「あるじゃないですか、心当たり」


 しかも言い当ててるし。


「なんだ、やはりわかるではないか。A二〇〇〇一番も冗談を言うのだな」


 ……ご主人様は冗談なんて言わないし、通じないのだが、


「だが、お前は知らない」

「ぅむ……?」


 さて、それではどうしてご主人様は、以前も顔を合わせたであろうJ三八番を前にして、誰だかわからないと言えるのか。

 まあ、最近のご主人様についてある程度知っていればわかるのだが、一年近く顔も合わせていないどころか、連絡すらまともにとれていなかったJ三八番には、この程度のこともわからなくて当然だろう。


 これが優越感か。ふふん。


「ご主人様、今だけで良いですから、視覚を遮断してみてください」

「……まあ、良いだろう」


 ご主人様は私になにか言いたげな表情でCOLORを操作し、


「……J三八番か」


 その表情は全くの無表情なのだが、


「思い出したのか!」

「忘れていたわけではない。わからなかっただけだ」


 ……いややっぱりなに考えているかわからなかった。なんとなくわかると思ったんだけどなー。

 あと、忘れていたもわからなかったも大体同じだと思うのだが、私からはあえてなにも言わないでおいた方が良いだろう。余計なお世話、というやつだ。


 そんなことよりも、


「ご主人様、アバターの方を覚えておかないと、後で困りますよ」

「そうか、わかった」


 素直に頷いて、ご主人様は再びCOLORを操作する。そして、眩しそうに目を瞬かせた。


「……お前がJ三八番か。覚えた」


 ご主人様が独り言のように呟いて頷くと、件のJ三八番は釈然としない様子で、


「……確認させて欲しいのだが、A二〇〇〇一番は最近まで電子世界における視覚を遮断していたということで良いのか?」

「見ていないと言うか、そもそもつい最近まで電子世界に触れもしていなかったですよ」

「なんだと……」


 驚きと困惑を隠せないJ三八番に、つい同情してしまう。

 見えていて当然、感じられていて当然と考えていたものが、なにひとつとして相手の視界、もとい世界に存在しなかったのだと知った衝撃は私も経験済みだ。まさかそんな経験をさせられるとは思いもしなかったが。


「いや、A二〇〇〇一番が変わり者だということは承知していたからな。うむ、うむ……。なれば、私を見ても誰かわからなかったことも、当然というわけだな。現実世界の私とアバターの私とでは、なにもかもが違うわけであるしな」


 平静を装おうとしていることが目に見えてわかる動揺ぶりである。滅茶苦茶瞬きしてるし。


「それはともかくとして、だ」


 J三八番はまぶたを閉じ、それを指で軽く押さえながら溜め息を吐く。顔には疲労の色が薄く滲み出ていた。


「そこの召し使いにはもう話したことだが、そしておそらくA二〇〇〇一番も覚えていたらわかることだとは思うが、これも仕事なのでな、敢えて繰り返させてもらおう」


 そう前置きし、J三八番はまぶたに当てていた指を下ろしてご主人様を真正面から捉える。


「私は今日より三日間、お前の観察をさせてもらう」

「そうか、わかった」


 ご主人様に無表情で返され、J三八番は仰々しく肩をすくめた。

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