念力


競争率の激しい世界で積極性のないやつはやっていけない。

特にCチームにいる俺らは監督の目に留まることがほとんどない。

まず、サッカー部なのにボールすら蹴っていない俺らをどうやって監督が評価するのだろうか?

どうやってアピールすればいいのだろうか。

俺は武藤と走り込みの日々を送っている。


「Aチーム行こうぜ」


武藤のこの言葉は実際頼もしいと感じたが何か根拠があるのだろうか。

あいつのことだから根拠なんてどこにも存在しないのだろう。

確かに走り込みのおかげで体力はかなりついてきたが監督にどうやってアピールをすればいいのだ?

しかも、アピールすることができても先輩達の目も気しなくてはならない。

積極性というのはこの日本では本当に難しい。

俺ら1年生が過ぎたアピールをすれば上級生には気に食わない奴だと思われて嫌がらせの対象になる。

チャンスが来た時のために今はじっと我慢するしかないのだろうか。




俺らCチームの役目はたくさんある。

Aチームの給水ボトルの準備や、Aチームの試合の準備。

Aチームのサポート全般はCチームの1年生の仕事だ。

今日はAチームの練習試合の準備とボール拾いのために学校に来ている。


「こんなところで練習してーな」


俺と武藤はいつも挨拶しかしていない人工芝に入り胸が高鳴った。

ボール拾いとしてでも芝生の上をスパイクで歩くことは滅多にない機会だ。

いつもアスファルトの上を走っている感覚とは別次元だ。

踏むと少し弾力があり、まるで浮いているような感覚だ。

Aチームは試合前のアップをボールを使いながら行っている。


「ボールに触りてーな」


武藤はAチームをじっと見つめながらつぶやき、無意識にか手をギュッと握る。


「試合始まるぞ」


俺はボール拾いのためゴール裏に向かった。



練習試合の相手は千葉県でベスト16の常連校。

決して弱くない相手だ。

審判がグラウンドに入るのにつれて両高校が入場してくる。

先輩達の豪華な顔ぶれに1年生が一人混じっている。


早坂ハヤサカ 龍弘タツヒロ


入学してすぐに一人だけ即戦力として期待されAチームに参加したルーキー。

早速レギュラーになっているということは即戦力としての期待に応えたようだ。

身長はそこまで高くなく、ひょろっとした体格からはわからないが実力は1年生の中でも頭一つ抜けていた。

足元のテクニック、キック、体の使い方のすべてがトップクラス。

それにスピードが常人じゃなかった。

入学初日に一度だけ相まみえたが、度肝を抜かれるスピードであさっり抜かれた。

早坂は緊張している様子はなく先輩達と楽しそうに会話をしている。


試合は南総高校から始まった。

圧倒的に南総が試合を支配している。

しかし、相手はかなり守りに重点を置いたフォーメーションをしているために中々ゴールに近づけていない。

南総は中盤でボールを回している。

人工芝の上をボールが行ったり来たりしている。

俺が最後に試合をしたのは中学のサッカー部が開催した壮行会だ。

半年近く試合をしていない。

自分があの舞台に立っているのを考えるだけでワクワクする。


南総は相変わらずにボールを中盤で回しているその時だった。


「裏に出せ‼」


右サイドで大きな声を上げて駆け上がる選手。

早坂だった。

早坂は先輩からの裏へのスルーパスを華麗にトラップするとそのままスピードに身を任せ、ゴールへと向かっていく。

キーパーとの一対一も問題なく確実一瞬の出来事だった。

全ては早坂の声から始まり10秒ほどで結果を出した。

先輩達になんの躊躇もなくボールを要求したのだ。

それも初めての試合でだ。

簡単そうに見えるが、新人が一番最初に当たる壁だろう。

期待のルーキーが問題なく監督にアピールをするなか、俺はボールに触れてすらいない。

差がどんどん離されていくのに胸が熱くなる。

そのあとも南総は支配をつづけ、相手を圧倒し、余裕の勝利だった。

早坂の要求、監督へのアピールを見るたびに格の歴然とした差を実感させられた。





「俺らこれでいいのかな?」


帰り道に今日の早坂を踏まえて俺は武藤に聞いてみる。


「俺は結構アピールしたよ?」


武藤の返答は予想を上回るものだった。

今日どこのどのタイミングでアピールをしたというの?・「どゆこと?」


「いや、ボール拾いを全力でやった」


武藤は真面目な顔をしている。

それはアピールなのか。


「監督めっちゃ見てたし俺のこと」


武藤は至って真面目だ。


「どこに試合を見ずに、ボール拾いをする青年を分析する監督さんがいるんだよ!!」


「いや、絶対見てたよ!!目があったもん」


真面目な奴は変なところで頑固だ。


「それはあれだよ。あのライブとかでアーティストと目が合っちゃたーっていうやつ。あれ、実際アーティストからしたら顔すら見てねーと思うよ」


「雨谷はほんと口悪いよねー」


武藤は目が合ったことを譲る気がないようだ。

頼もしいと感じたことは間違えだったのだろうか?

このマイペースに付き合っていけばいつか上がれる日がくるのだるか。


「ねぇねぇ、女子高生がチャリこいでる」


「え、どれ」


二人横を駆け抜けた女子高生に念力を送った。


「めくれねーじゃん」


「雨谷の念力が弱いようですね」


高校生活でやらなくちゃいけないことが一つ増えた。


念力を強めることだ。












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