2.空を飛べる国
世界を繋ぐただひとつの広い草原。
その草原にある大きな泉に、1本の石橋がある。
そこを、1台の青い軽トラが進んでいく。
リランとアリアが乗るヴェルデンが、泉の真ん中にある円形の広場へとたどり着こうとしていた。
「リラーン? そろそろ着くよ〜?」
「待って...あと10分......」
「10分もかからないって...ああ、ここだ。」
広場へたどり着いたヴェルデンから、アリアだけが降りた。
リランは眠気が覚めず、ずっとウトウトしている。
「えーっと、大人2人、軽トラが1台で。」
アリアは広場の端にポツンとある、小さな木造の受付所にそう言ってお金を支払うと、ヴェルデンに再び乗り込んだ。
『広場の中央へお寄りください。』
そのアナウンスの通りにヴェルデンを動かすと、近くにいる係員が、ヴェルデンのタイヤに、じょうろで水をかける。
『それでは、快適な空の旅をお楽しみください。』
「空? リア、飛行機にでも乗るの?」
リアンが目をこすりながら、アリアにそう問うた。
「違うわよ、ヴェルデンが空を飛ぶの。」
「ふぇ? ヴェルデンはトラックだよ、 リア。また寝不足なの? ちゃんと寝ないと――」
その時、ヴェルデンがガタガタと激しく振動し、
ものすごい勢いで上昇して雲を突き破り、そのまま前方へ飛んでいく。
「と、と、とととととと飛んでるぅ!?」
「おぉーっ、これヤバい!!」
寝ぼけていたリランは完全に目を覚まし、空飛ぶヴェルデンに目を丸くした。
徐々に飛ぶスピードが落ちてくると、アリアが次の国の説明をし始めた。
「次に行く国がさ、“空を飛べる国”なのよ。」
「前の国の人に聞いた国だね。...でもまさかヴェルデンが飛ぶとは思いもしなかったなぁ......。」
その後、空飛ぶヴェルデンは旋回すると、ゆっくり下降しながら、雲の上に浮かぶ島の、外側に飛び出した木の橋の上へと降りていった。
「こちらをお受け取りください。中にある布を足の裏に擦りつければ、この国にいる間は自由に空を飛び回れます。また、お車に関しては飛べなくなっておりますのでご了承ください。」
地上にあった広場と同じような受付所から、係員らしき人物が木箱を渡しながらそう言った。
アリアは木箱を受け取ると、近くにある旅人用の無料駐車場にヴェルデンを停めた。
「さて、と。」
アリアはさっき受付所でもらった木箱を開けると、中に入っている湿った布を取り出す。
「ほんとにそんなんで空が飛べるのかな。」
「ヴェルデンが飛ぶ時に、タイヤに水をかけられたのよね。...たぶん、あの時の水がこの布に染み込んでるんだと思う。」
二人はひとまず車をおりて、ブーツと靴下を脱ぐと、素足の裏に布を擦りつけた。
「...............何ともないねぇ。」
「...............何ともないわね。」
二人はジャンプしてみたり、走ってみたりもしたが、全く飛べる気配はない。
「うーん、飛び方も聞いときゃよかったわね...」
「そういう所ポンコツだよねぇ、リア。」
二人が悩んでいると、若い男が近づいてきた。
「旅人さんかい? どうやら飛べなくて悩んでるようだね、コツを教えてやろうか。」
なれなれしく話してくる男に、アリアは少し嫌悪を抱いたが、空を飛べなくてはこの国に来た意味がないと考え、話を聞くことにした。
「教えてくれるならいいけど、変なことしたりしないわよね?」
「ああ、もちろん。“変なこと”はしないさ。もし俺がなにかしたら、そこの木の下に埋めてもらってもかまわないよ。」
と、男が近くに生える、大きな木を指さしニヤリと笑うと、その顔を隠す様にふわりと空に浮かんだ。
「自己紹介がまだだったね。僕の名前はブレット。」
ブレットはそう言うと、宙返りをして人差し指を立てて話し始めた。
「空を飛ぶコツはただ一つ。“自分は空を飛べるんだ”って信じるだけさ。」
「それだけ?」
「おとぎ話みたいな話だねぇ。...私試してみる。」
そう言ったリアンは目を瞑ると、自分が飛ぶ姿を想像した。
すると、ふわりと体が宙に浮いた。...のだが、思っていたよりもかなり高めに浮いてしまい、それを見たアリアはなにかに気づいた。
「...?! リラン今すぐおりて!!」
「リア! 私飛べたよっ! やった............あ。」
リランの服装は、冒険者らしいミリタリー風の服だったが、何よりも“スカート”だったのだ。
空に浮かぶリランをニヤニヤと見つめるブレット。
「えっ...あっ、ど、どうやって降りればいいのぉ!?...うわぁ!」
パニックになったリランはスカートを抑えようとするが、バランスを崩してひっくり返ってしまう。
空中で逆立ちをしているような格好だ。スカートがひっくり返ってパンツが丸見えのあられもない姿のまま、リランはどうしていいか分からない。
「ぐへへ...降りたかったら自分でおりなよ、ここで待っててあげ...グベラギボォッ!?」
リランをニヤニヤと見ていたブレットの顔面に、アリアの右ストレートが......決まった。
もともと少し空中に浮いていたブレットは、それが原因で遥か彼方へと吹っ飛んでいく。
「はぁ、はぁ、あいつ今度あったら今度こそ木の下に埋めてやるわ。」
アリアは殴った手をぷらぷらと揺らすと、空を飛んでリランを救出。
「リア...助かったよぉ、ありがと。」
「どーも。そんなことより、あんたもパンツに穿き変えなよ。」
アリアはそう言って、自分の換えの短パンをリランに差し出す。リランはため息をつくと、しぶしぶそれを受け取った。
「スカートの中に来ちゃダメ? 短パンだと落ち着かないんだよね。」
「はぁ、それでいいわよ。」
リランが短パンを穿いたのを確認すると、アリアは少し宙に浮く。
「とりあえず、飛ぶ練習しましょ。飛べないと行けないところとかあるのよ、この国。」
「そうだねぇ、 ここからでも見えるもん。宙に浮いてる建物。」
確かに、この国には宙に浮かなければ行けない場所がある。(もともと宙に浮いているのにそこから宙に浮いているというのはなかなかおかしなものだが。)
大体の名所は宙に浮いているため、この国を楽しむには飛ぶしかないのだ。
二人は数時間練習して、とりあえず思ったところにすいすいと飛べるようになった。
「よし、いい感じ!!」
「リア、私そろそろお腹すいた...」
時刻はちょうどお昼ごろ。
リランもアリアも、朝食を食べていなかったのでお腹ペコペコだった。
「だねー。じゃ、あの浮いてるとこまで行ってみましょうか。」
「じゃあ競走ねぇ!! スタート!」
「あっ、リランずるっ!!」
空中に浮かぶ街へ降り立ったふたり。
ここは下よりも人が多く、都会感に溢れている。
リランは近くにあった“ご自由にお持ちください”のパンフレットを取ると、それを広げた。
「...雲わたがし、昇天ステーキ、飛行コーラ、空飛ぶスパゲティ・モンスター盛り......あ、これがいいな。ふわふわ天空パンケーキ。」
「パンケーキ...いいわね、それにしましょう。」
二人はパンフレットの地図を確認しながら、空を飛んでパンケーキ屋へと向かった。
客は多かったが、ギリギリ席が残っており、待たずに席に座ることが出来た。
「それにしても、道を沿わずに一直線で行けるから移動がすっごい楽だねぇ。」
「そうね。もうちょっと練習すればもっと早く飛べそうだし。」
この国では誰もが空を飛べるが、飛ぶスピードは人それぞれ。もちろん走るのと同じように、練習すれば早くなることも出来る。
「そういえば、ここでのバイトはどうする?」
「バイトかぁ...空飛んで出来るバイトとかあればいいよね――。」
リランとアリアは狩りの経験がない。
ゆえに、他の旅人とは違って草原の野獣を狩って素材を売る、なんてことは出来ない。
ので、言った先々の国で“その国特有のバイトをする”という、国の特色を楽しみつつお金を得ることを旅の初めに決めたのである。
「お待たせいたしました。天空パンケーキがお二つですね。」
「お、きたきた、ありがとう。」
そんな話をしてる間に、お目当てのパンケーキがやってきた。
二つ重なった、大きくて分厚いパンケーキだ。
「おいしそう! いっただっきまーす!」
「いただきます。」
二人は、二つ重なったパンケーキに、容器に入ったシロップをかける。
金色のシロップがバターをつたい、今度はパンケーキ全体をつたってゆく。
皿に盛られたホイップクリームも相まって、まさにパンケーキといった見た目だ。
フォークを突き刺し、ナイフで適度なサイズに切り分ける。
ホイップクリームをたっぷり付けると、二人はほぼ同時に、それを口の中へと放り込んだ。
「んーっ、甘い!...美味しい。ふふ。」
「うっまー!...ほんとにふわふわね、これ。」
パンケーキは少ししょっぱめに出来ており、シロップによって甘くなりすぎず、絶妙なバランスに出来ていた。
二人はパンケーキを存分に堪能すると、レジでお金を支払い、店をあとにした。
「あー! 食べた食べた。美味しかったわね。」
「結構ボリュームあったけど、意外とぺろっと食べれたよねぇ。」
リランがお腹をさすりながら満足そうな顔をする。
「さて、バイト、探さなきゃね。」
アリアは手をパチンと叩きながらそう言い、ふわりと宙に浮いた。
続けてリランも宙に浮く。
求人募集の掲示板は大抵、国の中心部にある。
「この辺かな...?」
「あ、あれじゃない?」
リランの指さす方向には、確かに掲示板があった。
二人はそこへ降りると、ひとつひとつバイトの内容を確認した。
「とりあえず、あたしたちは明日ここを出るから...。」
「短期のバイトだよね。うーん、なかなかいいのが見つからないなぁ...。」
多くの国を回るために、2日で一つの国を出る。これも旅の初めに決めたことである。
二人が悩んでいると、聞き覚えのある声で後ろから話しかけられた。
「今度はバイトかい? まさかここに移住するつもりじゃあないだろうね。」
後ろを振り向くとそこに居たのは、アリアの顔面右ストレートを食らって吹っ飛ばされたブレットだった。
「あ! ヘンタイさんの...バケット?」
「ブレットだよ、可愛いお嬢さん。」
リランに向かってウィンクするブレット。
そんな彼の胸ぐらを光のごとく速さで掴むアリア。
リランは周りから向けられる目線にあたふたしている。
「てめぇ...一度だけでなく二度もあたしのリランに手ぇ出すつもりか......今度こそ確実に木の下に埋めてやるよ...。」
彼女は目を見開き、ブレットを睨みつける。
口調まで変わってしまっている。
しかしブレットは愛想笑いを浮かべながら、彼女をなだめるように話し始めた。
「ま、まあまあ、落ち着いてくれ。仕事を探してるんだろう? いいところがあるんだ。」
その話を聞いたアリアは、そのままブレットを地面に放り投げた。
「チッ...しょうもない仕事だったら木の下に埋めるわよ。」
「お、オーケーオーケー...じゃあ仕事内容だけど、いわゆる配達業。もちろん、空を飛んで配達するからね。」
その話を聞いた瞬間、リランが目を輝かせた。
「それって、1日だけでもいいの?」
「ああ、1日、むしろ1時間でも構わないよ。」
リランは目を輝かせたまま、アリアの方を向いた。
「リア、ここにしようよ、配達だって!私やってみたい!」
「リラン、でもこいつのことよ? また裏があるに決まって――...」
アリアはブレットの言った仕事を怪しいと感じたが、リランがあまりにも嬉しそうだったので、ブレットの言う仕事を受けることにした。
「引き受けてくれるようで良かったよ、んじゃ、仕事は明日の朝からだ。君たちが停めてるトラックで待っていてくれ。」
ブレットはそう言いながら中に浮かぶと、ものすごい勢いでどこかへと飛び去った。
「はあ、親切なのか不審者なのか、何にせよキモい男ね。」
「明日、頑張ろうね、リア。」
アリアは「そうね。」とリランに返す。
二人はその後、旅の買い出しを済ませた後、ヴェルデンのガソリンを満タンにして、ポリタンクにもガソリンを汲んでおいた。
「さてと、今夜はどこでご飯食べようかなぁ?」
「実は買い出しの時にこの国の人に聞いてみたのよね。この国では桃の料理が有名らしいわよ。なんでも、食べると体が丈夫になるだとか――」
夕食をどこで食べるかと空を漂う二人。
この国にはたくさんの桃料理店がある。
決まるまでには、少し時間がかかりそうだ。
素晴らしきこの世界で、少女たちは。 あまみん @AmamiX
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