3-4 浅葱翁の子孫、現れる
あれこれ調べ物をして、コピーを数点取った後に図書館を引き上げようとしたら、シキブ姉さんが再び声をかけてきた。
「あら?資料借りていかないの?」
本当は借りたい。しかし、この世界にはワタシは図書館カードがないため、借りることはできない。
「え、え~~と、ワタシは浅葱町の住民でもないし、働いてもいないから。」
「そういえばそうねえ。働いてることにしてカード作りましょうか?免許証やマイナンバーカードあるでしょ?」
「い、いや、ちょっと。」
ワタシはさらに焦った。浅葱町どころか、こちら側の世界には戸籍や住民票がないとバレたら困る。身分証だって、本物だがこちらに万一にでも照会されたら、存在しないと回答されるリスクがある。
「僕のカードを貸してあげましょうか?」
不意に青年の声が後ろから聞こえてきた。
「え?」
振り返ると、スラッとした好青年がそこにいた。年の頃は三十代前半と言ったところだろうか。スーツをカチッと着ていることからサラリーマンなのはわかる。
「まあ、そんな他人のカードで借りるなんてちょっとできませんね。」
シキブ姉さんもさすがに目の前でカードの貸し借りは見逃せないため、戸惑っている。
「好意はありがたいんですが、やっぱ見ず知らずの人から借りるのは悪いですよ。不正行為でしょうし。」
ワタシは慌てて断ると青年はにこやかに語りかけてきた。
「いやあ、あのリアクションが面白かったんで、つい。それに住民でもないのに曽祖父の事に興味を持ってくださるのがなんか嬉しくて。」
曽祖父?っていうことは?
「もしや…浅葱英一郎の子孫ですか?」
「申し遅れました。自分は浅葱総一郎、浅葱翁の曾孫にあたります。」
ええ!いきなり浅葱氏の一族ですか!ワタシは予想外の展開に戸惑いを隠せなかった。ってか、都合良すぎね?いや、街の有名人ならば、することは一つっ!
「で、では握手とサインくださ…ぐほっ。」
シキブ姉さんのエルボーがワタシの腹にヒットした。こ、こちらの公務員はバイオレンスだ。
「まあ、あなたがそうだったんですか。いつもお世話になります。でも、なんでまたこんな小さな図書館に…。」
ごもっとも。確かに一族は金持ちそうだし、本人も役場に勤めるくらいだから、本を買うお金には困らないはずだ。
「元々図書館に通うのは好きなんです。本の出会いだけではなく、いろんな人に会えますからね。」
って、ワタシみたいな人かしら?まあ、確かにこんな美人なおねーさんが自分のご先祖調べてたら興味津々かもしれない。
「まあ、曽祖父の事を知りたければ詳しくお教えしますよ。こちらが名刺です。」
「あ、これはご丁寧にどうも。ワタシは…名刺持ってないんです。ごめんなさい。」
正確には持っているが、元の世界の肩書きや住所入りのはさすがに渡せない。
「フリーターだから名刺無いだけでしょ、フリーター妹。」
シキブ姉さんは相変わらずキツい。しかし、言い返せないからここはぐっと堪える。
「では、職場に戻る時刻なのでこれで失礼します。良ければ連絡くださいね。」
そう礼儀正しく挨拶していくと、浅葱総一郎は去っていった。
「…ビックリした。まさか本当に子孫がこの場に居るとは。」
「私もびっくりしたわよ。さっき話した子孫がそばにいるとは気づかすに、ねえ。」
ふと気がついた。
「あ、サインもらうの忘れてた。」
「アホですか、アンタは。」
シキブ姉さんの容赦ないツッコミにめげずにワタシは続けた。
「それとも、美人のワタシに対する新手のナンパかしら。まあどうしましょ。」
「そのセリフは、己の年齢とルックスとその変態的な性格を自覚してから言いなさい。」
シキブ姉さんはとことん容赦ない。
「シキブ姉さん、手厳しいですぜ。じゃ、ワタシも今日はこれで引き上げます。」
こうして図書館で思わぬ収穫を得たのであった。さて、そろそろタカヒト君も帰っただろうし、アパートに戻るか。
…そういえば、なんかすったもんだして出てきた気がするが、まあいいか。
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