こちらS県浅葱町。一応、異世界。

達見ゆう

第1章~浅葱町との出会い~

1-1 ようこそ浅葱町へ

 ワタシの名は田中達子。アラサーのサッカー好きの公務員。名前はちょっと古風だが、サッカー選手に似た名前なのでワタシは気に入っている。ちなみに彼氏無しだが、それはどうでもいい…ことにする。

 ところでワタシはサッカーだけではなく、音楽も大好きだ。

 その中でも特にアーティスト『ケイ』の大ファンだ。ファンクラブにはもちろん入っているし、ライブもよく行く。繊細な曲を歌うのだが、曲の美しさとは裏腹にMCが面白いのもまた魅力的だ。

 そんなケイさんのファンクラブ主催の限定イベントの当選知らせがきた。

 このイベントはプライベートスタジオ、つまりは自宅録音の部屋で限定ライブをするというものだ。

 自宅バレは大丈夫なのだろうかと心配になるが、身分証明書の提出など厳しい条件付きの開催らしい。大胆なイベントだなと思いつつ、ファンなのでもちろん申し込みをした。 

 会員になって数年、当たらないと思いつつ、申し込みメールを送信するのが習慣となっていた私にとって、この当選通知はサプライズでもあり喜びでもあった。限定五名様なんて宝くじより低い当選確率だろうから、一生分のくじ運を使い果たしてしまったかもしれない。

 ああ、まさかホントに当たるなんて感激モノだ。しかし、本当にそこは自宅なのかなという疑念もある。確かに条件は厳しいが、万一に備えたイベント用に借りてる仕事部屋なのかもしれない。同封されている地図を見るとS県浅葱町あさぎちょうとあるが聞いた事がない街だし、ネット検索をしても出てこない。もしかしたら、彼の新作の曲にある架空の街というコンセプトなのだろうか?ならばわからなくもない。まあ、そこまでは書いてないが。

 そして、案内メールの末尾には奇妙な注意書きがされていた。


『※必ず、この建物内の通路をお通りになってお入りください。通路を出たところで直接ケイが案内します』


 ここしか通り道ないのか。なんて変わった案内なのだろう。やっぱセキュリティなのかな?しかし、道案内が建物の中とは変な注意書きだ。しかし、ケイさん本人自らの案内なんて鼻血が出そうなくらい嬉しい。

 まあ、どちらにしても楽しみだ。なんといってもレアイベントなのだ。新しい服でも買って準備しよう。アラサー彼氏無しウン年の自分はデートみたいだとウキウキしながらネットショッピンクをして準備を始めた。


 そうして、イベント当日になった。

 イベント自体ははとても楽しく、新曲も何曲か披露してくれた。やはり小さな空間でのセッションっていいものだ。音質も良いし、本人も近いし。裏話なんかも聞けたから本当にレアなイベントだった。

 そして帰り道、他の四人と一緒に建物を通っていたところ、不意に「カラカラカラ……」と音がした。嫌な予感がして耳を当てると新調したピアスが無くなっている。まずい、今日のライブのために大きめのピアスにしたのが仇になったようだ。他の四人の方には先に帰ってもらうように声をかけ、私は引き続き建物内に残って探し始めた。

 幸い、十分くらいして通路の隅っこに落ちているピアスを見つけた。しかし、タイミング悪いことにその間に空が暗くなり、大粒の雨が降ってくる音が響いてきた。

 ワタシは折り畳み傘も持っているのでそのまま帰っても良かったのだが、どしゃ降りの中に出るのが嫌だったことや、急いでないこともあり、建物内に留まって雨宿りして待つことにした。


 この時、まさかケイさんとはしょっちゅう顔を合わすことになって、なおかつ「お菓子ばっかり食うなぁ! このお菓子オヤジめ」と罵倒するような仲になるとは予想だにしなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る