その背に迫る者

 俺は息を荒げながら暗い路地を走っていた。

まだ昼間だと言うのに東京の繁華街の路地は気味が悪いほどに暗く、不気味な程に人気がなかった。

自身の足音と呼吸が響いてるような感覚になる。いや、実際に足音は響いてるに違いない。

 実は今、全く知らない男に追われており、俺は新調したばかりの慣れない革靴で逃げているわけだが、このなんとも言えない走りにくさに焦りと苛立ちが募る。

昨日まで履いていた革靴ならもっと早く走れたに違いないと思いながら、俺は背後に迫る気配を何度も振り向き、姿が無い事を確認してはほっとする。

しかし、どんなにも慣れている道だろうが、人はパニックに陥った時に判断を誤るもので、俺は目の前にそびえる壁に唖然としていた。


 その時


 カラララ……カラララ……


 金属製の何かを引き摺るような音がかすかだが聞こえた。

俺は子供が親の拳から身を守るように咄嗟とっさに頭を抱えてその場にうずくまる。

音は確実にこちらに近付いており、今にも爆発するのではないかと言う程、鼓動が煩く体内に鳴り響く。

 鉄性の何かを引き摺る音の他にゴツゴツと鈍い音が聞こえてきた。

ヤツはすぐそこまで来ている。

それから数分もしないうちに足音は俺のすぐ後ろでやんだ。

カランと鉄性の何かが地面を離れたような音がし、後ろで動く気配を感じる。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!! 謝りますから!! 許してください!! もうカタギから金をカツアゲたりしねぇから!! この通りだ!!」

殺されると思った瞬間、なんとも情けない声とセリフが俺の口から発せられた。

しかし、相手の動きもピタリと止まった気配がしたのだ。

もしかしたら許してくれるのかもしれないと思って、俺は顔を上げて後ろを振り向いてしまった。

ニィと笑う口元が目に入った瞬間、頭に強い衝撃を受け、目の前に銀河が広がった。


- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -


 その後気が付いたら病院のベッドの上で、見舞いに来ていた同じ組の奴に聞いた話しだとどうやら俺は瀕死の状態で倒れていたらしい。

あの男の笑った口元は今でも覚えている。

アレは誰の差し金だったのかは数年たった今でも分からないままだった。

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