ジャンク・サーガ
三八式物書機
第1話 裏切り
青い月の夜。
肌寒い秋の風が吹き抜ける。だが、それすら感じぬように熱気が溢れる。
男達の気勢が上がり、爆音と剣戟が闇に響き渡る。
山の上に立つ王城の門に押し寄せる甲冑姿の兵士達。
怒声が轟き、堅く閉じられた門扉に幾度も打ち付けられる破城槌。
その様子を興奮しながら見詰める一人の騎士。
馬に跨っているが2メートル近くある巨躯を黒い重厚なプレートアーマーで包み込んでいる。右手には甲冑と同じ黒色のランスを持ち、左手には巨大な盾を持っている。顔を覆う兜から覗く鋭い眼光。
彼は静かに門が開くのを待っていた。
城内から放たれる矢が降り注ぐ。
兵士達は天に盾を向けて、それを防ぎつつも門の破壊に全力を注いでいた。
かなりの時間が掛かったが門扉は破城槌によって突き破られた。
崩れ落ちた門に雪崩の如く雪崩れ込む兵士達。彼等は手柄を立てる為に我先にと敵兵の中へと飛び込む。
悲鳴と怒号が飛び交う。だが、勢いを増す帝国軍の兵士達は敗色の色濃い王国軍の兵士を蹴散らす。美しい庭園は踏み荒らされ、血で染まった。城内各地で王国軍の騎士や兵士は絶望的な戦いを繰り広げた。
王城が炎の赤に染まる。
濛々と上がる黒煙は星空を覆っていく。
硝煙と血の香りが充満していく。
そこは地獄絵図のような有様だった。転がる死体を踏み潰しながら、黒い騎士を乗せた馬が中庭を突き進む。彼の振るうランスが敵兵を貫く。そして、彼は王宮の前で馬から飛び降りた。彼は巨大なランスと盾を投げ捨て、腰に提げたロングソードをスルリと抜いた。白銀の刃が青い月光に怪しく輝く。
兵士達が堅く閉ざされた王宮の扉を打ち破った。
騎士は兵士達と共に王宮内へと飛び込む。
待ち構えていた敵兵が襲い掛かる。
騎士は軽々と敵兵を斬り殺し、王宮内へと突き進む。彼が目指すのはこの王宮の玉座である。すでに退路は断たれている。王はそこに居るしか無かった。
次々と敵を打ち倒し、騎士は謁見の間へと辿り着いた。
重厚な扉を開くと、銃声が鳴り響く。その中にもまだ、王を守る近衛兵達が必死の抵抗を示す。彼等に降参など無い。ここで裏切るような輩に明日を生き延びる事など出来ない。家を守る為にもここで自らの誇りを持って、戦いに挑むしか無い。
兵士達が飛び込み、銃を構える敵兵を撃ち殺す。激しい争いの中を静かに進む騎士。彼の眼光はその奥にある玉座を見据えていた。
近衛兵の一人がマスケット銃に取り付けたスパイク(槍)を突き出す。騎士はそれを躱す事なく、左手で掴み、軽々と兵士を投げ飛ばす。
そして、騎士は玉座に座る王と王妃の前で立ち止まる。
「もう・・・止めよ」
王は兵士達に戦う事を止めるように告げた。それに従って、近衛兵や騎士達は手にした武器をその場に捨てる。
「我が名はラファーレ=エルケレスだ。お主の名は?」
王は静かに名乗ると騎士の名を尋ねた。彼は手にした剣の切っ先を天に向けるようにして、胸の前に立てる。刃は相手に向けぬように剣を横にする
血ぐもった刀身に己の顔が映り込む。これは騎士としての礼儀だ。
「我が名はウォルフ=バルザック。帝国騎士であります」
ウォルフは名乗りを上げると軽く一礼をする。
「そうか・・・ウォルフか。良い名だ。名残惜しいが、多くの若者の命を落とさせたくは無い。この首を持って行かれよ」
王は静かに告げた。ウォルフはその言葉に従い、手にした剣を振るった。一瞬だった。王の首が宙を舞う。次の瞬間、王妃の首も撥ねられた。二人の首が赤い絨毯の上に転がる。あまりに鋭い一撃だったのか、二人の表情は穏やかだった。
騎士は丁寧に二人の首を麻袋に入れた。あまりに野蛮な光景にも見えるが、この時代では当然の行為であり、後方に戦の終わりを告げるための大事な行事であり、決して野蛮な行為では無かった。騎士は首の入った麻袋を腰に提げて、謁見の間を後にした。
王宮内では、帝国軍の兵士達が戦意を失った王国軍の兵士を殺戮し、武器を持たぬ王宮の従者達を虐殺し、女を犯し、金品を略奪していた。あまりに無法な振る舞いをウォルフは奥歯を噛みしめながら見ていた。部下の振るまいではあるが、それは騎士の尊厳を傷付けるものだった。だが、それは仕方がない事だった。彼等は皆、金で雇われた傭兵である。それも彼自身が雇った傭兵では無い。
彼自身、貴族ではあるが、領地も臣下も持っていない名ばかりの貴族であった。戦になると、貴族の誰もが危険を恐れる。それ故に尖兵を務めさせるために彼のような雇われ騎士に傭兵団を率いらせて、真っ先に突入させる。彼等は損害を物ともせずに攻め込み、暴れる。それ故に、荒くれ者が多かった。彼等を大人しく従わせるためにも多少の悪行には目を閉じなければならない事を彼は知っていた。
「ウォルフ様、今回も良い儲けをさせて貰ってますよ。それより、帝王陛下が望んでおられるサファイア姫の姿がありませんなぁ?」
下卑た笑いをする傭兵団の頭が横で声を掛ける。ウォルフはこの男が大嫌いだった。彼は雇われ貴族とは言え、帝国貴族の末席に居ると言う誇りがある。代々、騎士として、帝国を支えてきた家柄という誇りだ。だが、こうやって傭兵を率いて、戦をする度に彼等の悪行がまるで自分の物のように思えてならなかった。
ウォルフは疲れたように王城内を歩いていた。月夜に照らされた中庭には死体が転がっている。城は多くの帝国軍によって包囲されている為に誰も逃げ出す事は出来ないだろう。だが、城を包囲する多くの帝国軍は城攻めに参加はしていない。貴族の多くはのんびりと高みの見物を決め込んでいるような輩だ。彼等は決して、自分達は手を汚さない。
きゃああああ!
若い女の叫び声が聞こえた。ウォルフは部下達がまた女を襲っているのだろうと呆れた。これでも部隊を率いた最初の頃は、そのような悪行を止めさせようと躍起になった。それは騎士としての当然の務めだと思っていたからだ。だが、幾ら、彼等を諫めて治るわけじゃなく、むしろ、恨みに思われ、後から矢を射られる事もあり、バカらしくなって、止めた。彼らも命を張って攻め込んでいるのだ。そういう褒美も無いといけないのだと自分に言い聞かせた。
だが、それでも見て見ぬふりをするわけにもいかず、声の方へと歩んでいくと5人の荒くれ者が二人の女を囲んでいた。一人はかなり身なりの良い少女だ。輝くようなブロンドの髪を背中まで垂らした美少女。彼女を守るように一人の侍女が手にナイフを持って、荒くれ者の前に立ちはだかっていた。
ウォルフはすぐに気付く。
「あれがサファイア姫か。何処に隠れていたものやら・・・」
彼女は帝王が探していた姫だ。生きたまま、連れて来いと言われているので見過ごすわけにはいかなかった。ウォルフは荒くれ者達に声を掛けた。
「おい!そこの少女はサファイア姫だ。殺すなよ」
声を掛けられた荒くれ者達はウォルフを横目に笑う。
「へへへ。旦那。解っていますぜ。ただぁ。陛下は命があれば良いって言ってましたよねぇ?ならば、ちょっとお楽しみをさせて貰えませんかねぇ?もちろん、最初は旦那で構いませんよ?一国の姫様なんて、俺らじゃ、お目に掛かる事も出来ませんから」
どこまでも下衆な男達だった。ウォルフはあまりに嫌な感じに反吐が出そうだった。
「旦那が姫様を楽しんでいる間のツマミだ。その女も捕まえろよ」
「わかっているぜ兄貴」
男達は静かに女達に迫る。彼等のような傭兵は装備を自分で用意するために金が掛けられない。鉄板を適当に叩いて作ったような鎧や、どこかの貴族から剥ぎ取った物を適当に身に纏っている。そして、手には斧やハンマーを持っている。剣よりも丈夫だからだ。安い剣は刃こぼれもするし、すぐに折れる。傭兵団のような荒くれ者にとっては使い難いだけだ。
「ち、近付くな!この下郎共!」
侍女は必死に少女を守ろうとしている。この圧倒的に不利な状況でも少女を守ろうとする姿勢、まさに忠義の姿だった。
「止めろ。二人の身柄は私が預かる」
侍女の態度に触発されたのか、ウォルフはつい、そう怒鳴ってしまった。
「あああん?どういうつもりだ?あんた・・・まだ、懲りてないのか?」
男達は怒りに満ちた目をウォルフに向ける。
「懲りていない?何をだ?」
ウォルフには言葉の意味が解っていたが、売り言葉に買い言葉だ。我慢の限界を迎えていた事も事実だった。彼はするりと、血で染まっている長剣を抜いた。切っ先は幾人も切ったので、すでに刃こぼれしている。
「あんた・・・本気か?」
男達は完全にウォルフを敵視している。
「悪いが・・・いつまでもお前らに甘い顔をしている程・・・・俺は優しくないんでね。死にたく無ければ、失せろ。そして、二度と俺の前に顔を見せるな」
男達の顔色がずいぶんと変わる。それは完全に怒っていると判る。奴等も荒くれ者と言っても何度も戦場を駆け巡っている。並大抵の強さじゃない。その事はウォルフが良く知っていた。
「あぁ・・・あんた、相当、バカだと思ったが・・・本当にバカだな。貴族にしちゃあ、えらく腕が立つから、ある程度、こっちも遠慮していたけど・・・ここに来て、それを言ったら終わりだぜ。悪いが手柄は全て俺らが貰う。あんたはここで敵兵に討たれて死んだって事にしておいてやる。立派な最期だったとだけ、言っておいてやるぜ」
長柄の斧を持った男が飛び掛って来た。その後ろに槍を持った男が続いて駆け出した。ウォルフは下手に動かず、その場で振りかざされた斧の側面を剣で叩いて、軌道を逸らす。勢い良く振り下ろした斧は簡単には止められない。
ウォルフの横に斧の刃が落ち、ウォルフの剣は男の眉間を貫いた。だが、そこにウォルフ目掛けて槍が突き出される。鋭い突きだが、ウォルフは男から引き抜いた剣で、槍の刃の根本を叩き落とす。槍は折れて、そのままウォルフの足元の地面に突き刺さる。ウォルフは槍の柄に刃を滑らせ、槍を持った男の喉を切り裂いた。喉から噴水のように飛び散る血が黒色の甲冑を汚す。
一度に二人が殺された。幾度も戦場を渡り歩いた奴等だから解る。目の前に居る騎士は半端な強さじゃないと。これまでは横目で見ていただけだった。確かに強いと思ったが、こうして対峙した時の恐怖までは知らなかった。
「さすが・・・ウォルフ様だ。勝てないなぁ」
小柄な男は手にした短剣を下ろすような素振りをする。
「そうか・・・では、女達を渡せ」
ウォルフは彼に言った時、男の短剣が投げ付けられる。それは顔面に向かって飛び込んで来るのでウォルフは弾き飛ばすのに精一杯だった。次に彼が男達を見たとき、男の一人が女達に襲い掛かっていた。ナイフを持った侍女は姫を守るためにナイフを振るう。だが、男は侍女の体を裂くように斧を振り下ろした。激しい血飛沫が侍女の背後に居た姫を真っ赤に染める。
「ラ、ライラぁあああああ!」
姫は叫ぶ。だが、侍女は体の中央まで斧の刃で引き裂かれ、そのまま地面に崩れた。そして、姫様の体を捕らえる小柄な男。彼はナイフを彼女の首筋に刃を当てた。
「おい!ウォルフ!その剣を捨てろ!姫様を殺すぞ!」
「い、いや」
小柄な男は怯える姫様の首を片腕で締め上げながら、ウォルフに叫ぶ。他の二人は斧と石弓を構えて、ウォルフに向けた。ウォルフは彼らを睨み付ける。
「そんな事をしたら・・・お前らも殺されるぞ?」
「へっ・・・知った事かよ。ここは戦場だぜ?辱めを受けるのを嫌って、自害したとでも言ってやれば終わりよ」
男はナイフをチラつかせて、姫の首を締め上げる。姫は苦しそうに呻くだけだ。
「それで・・・俺を殺せるとでも?その論理は、俺だって、そうだぞ?お前らが姫を殺しても、俺がお前らを皆殺しにすれば、そう釈明するだけで済む」
そう言い返されて、小柄な男は苦虫を噛み潰した顔になる。
「てめぇ・・・舐めた事を言ってるなよ!やっちまえ」
矢が放たれた。石弓による強烈な勢いの矢が20メートル以下の距離で放たれる。だが、それでも騎士の着るプレートアーマーを矢が正面から貫通することは難しい。ウォルフは躱す事無く、その矢を腕で払い落とす。
そして、一気に彼らに迫った。彼らが姫を殺すかどうかはある意味、賭けだ。彼らだって易々と姫を殺して、帝国からどのような罰を受けるかわからないはずだ。そうであれば、簡単には殺せない。殺せない人質など、居ないのと同じだ。
血を滴らせている斧を持った男がウォルフに飛び掛ってきた。巨大な刃を持つ斧は危険だ。甲冑ですら、切られる可能性もある。仮に甲冑が切られなくても、衝撃で人体に被害を受ける可能性もある。甲冑に対する効果的な武器は斧や槌である。甲冑が破れなくても、十分に中の人間にダメージを与えられるからだ。
振り上げられた斧。それを見て、怯える兵は多い。だが、斧のような重たい刃を自在に操れる者などそれほどは居ない。上げられた刃はそのまま、落ちてくるだけだ。ウォルフは恐れず、敵の懐に入る。そして、手にした長剣で奴の胸元を抉る。革で作った胸当てならば、長剣で貫くことが出来る。最初に革の弾力のある硬さを手に感じながら、そのまま、押し込む。刃は革に切り込みながら貫き、そのまま、彼の胸板を貫き、そして、心臓を貫いた。そのまま、切っ先は背中から飛び出す。切っ先と共に血が飛び散る。その血飛沫は石弓に矢を取り付けている男の顔に飛び散った。
ぎゃ!
心臓を貫かれた男は短い悲鳴と共に絶命した。男を捨てるように弾き飛ばし、剣を抜く。そのまま、石弓を捨て、腰から剣を抜こうとする男の頭を横から殴るように剣を振るった。頭蓋骨は簡単には切れない。普通に剣を振るっただけでは切断するより、脳挫傷を起こさせる程度だ。だが、しっかりと遠心力を付けて振るった刃は頭蓋骨を破壊しながら、顔の半分まで抉った。男は衝撃で、横に吹き飛んでいく。ウォルフは動きを止めない。そのまま、小柄な男と姫へと走り込む。
「てめぇえええええ!」
小柄な男は姫に向けていたナイフをウォルフに投げ付ける。だが、それをウォルフは軽々と長剣で弾き飛ばす。彼は左手で長剣の刃を掴み、その切っ先を小柄な男に向ける。男は姫を盾にして、その一撃を躱そうとした。だが、小柄な男とは言え、年端もゆかない姫の身体に男の体が全て、隠れるはずが無かった。ウォルフは刃を掴んだ左手を細かく動かしながら狙いを定め、一気に右手を突き出す。刃は左手をガイドにして突き出され、小柄な男の右目を貫き、安っぽいブリキの兜を貫いた。男はそのまま、後ろに倒れていく。姫は男の手から逃れ、その場に崩れ落ちる。
「ふん・・・くだらない連中だ」
ウォルフは長剣に付いた血や油などを倒れた小柄な男の衣服で拭き取り、鞘に納めた。
「さて・・・あなたがサファイア姫ですか?」
恐怖で青褪め、息をゼェゼェと吐いている姫を見て、ウォルフはそう尋ねる。
「だったら、どうなのですか?この下郎め。辱めを受けるくらいなら、死にます!」
姫は近くに落ちていたナイフを拾うとする。ウォルフは彼女の襟首を掴んでそれを阻止する。
「悪いが、陛下があなたを連れて来いと命じられている。一緒に来て貰うよ」
ウォルフはそのまま、姫を自分の傍に立たせる。姫は襟首を掴まれているので苦しくは無いものの、逃げ出す事は出来なかった。彼は姫を連れて、王城の外に待つ本隊と呼ばれる伯爵の軍勢の本陣へと向かう事にした。
略奪や虐殺が続く王城内を歩いていると前に馬に乗り、白銀の甲冑を纏った5人の騎士が姿を現した。その内の一人の胸にギュンター伯爵の家紋が施されている。
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