1.山久一之・6月1日②
あっという間の出来事だった。桜の持っていたボールが爆発し、桜を襲った。今もマウンド上には大きな煙が上がり、桜が今、どのような状況かははっきりと確認できなかった。
球場が悲鳴に包まれている中、山久は夢中でカメラのシャッターを切り続ける。
「こりゃ大変なことが起こった」
山久はカメラをバッグに入れると、一階への階段を下りながらデスクの富田に電話を掛けた。富田はすぐに電話に出た。
「山久、どうした?」
「大変です。桜が始球式で投げようとしていたボールが爆発しました。桜は爆発に巻き込まれました。爆弾の火力にもよりますが、すごい音でしたから、あれでは生き死にの問題だと思います」
「それは本当なのか?」
「目の前で私が見ましたから。とりあえず、桜がどうなっているかをこちらで確認します」
「くそっ。とりあえず分かった。そちらでできる限り情報を集めて本社にデータを送ってくれ。こちらで原稿化する」
「わかりました」
電話を切って、慌ててグラウンドへと向かう。観客は「慌てないで避難してください」というアナウンスを無視するかのように、半分パニックのような状態で球場から離れていく。
その観客の流れとは逆方向に山久は体を滑らせて、グラウンドの一塁ベンチ側にある入り口へ向かった。
だが、グラウンドに通じる通路に到着すると、すでに警察官が立ちはだかり、中には入れそうにもない状況だった。
山久が「さあ、どうする?」と自問自答していると、「おい」と声を掛けられた。振り向くとスーツ姿の龍吾だった。
「龍吾!何でここへ!」
「ああ、俺も何だか心配になって、様子を見に来たんだが最悪な事態になっちまったな」
「桜の容態は分かるか?」
「いや、俺がさっき聞いた限りではおそらく即死だろう。中に居た警察官が、『桜さんの身体はバラバラになってます』って言ってたから」
「テロの可能性もあるか?」
「まあ、被害者が国会議員だからな。その可能性もあるだろう。まあ、これから捜査してみないと分からんが」
「そうか、また桜の容態を聞くかもしれんが、よろしく」
「おいおい、俺はまだまだ新米刑事だぞ。そんな下っ端の言うことを信用していいのかよ」
「お前は信用できる奴だよ」
そう言って、山久は龍吾と別れた。
山久はしばらく球場内をぐるぐると周回していた。どこか抜け穴のような場所はないか、どこかから中の様子が確認できるような場所はないかと走り回った。
しかし、どこにも警察官が張り付いており、中に入ることの出来そうな場所は見当たらない。
「なるほど」
山久はそこで一旦区切りを付け、自分の車へと戻った。慌ててバッグからノートパソコンを取り出し、今、起きたことをメモにして連ねていく。
―桜権蔵が県営球場のマウンド場で死亡。始球式でマウンド場に立った桜は空のヘリコプターから始球式のボールを受け取ったが、そのボールが突如爆破。ボールに着けられていた垂れ幕には「改革する」の文字。犯人による犯行声明か。桜議員は爆破の衝撃で即死とみられる。すぐさま球場は完全に閉鎖され、警察官が至る所に立っているという物々しさ。観客は爆破からすぐに球場外に避難し、ほかにけが人はいないもよう。
そんなことを一通り書き込み、データ端末を使用してインターネットでメモを送る。
作業が一段落した後で、車の周囲を確認するが、球場の真ん前に車を止めていたこともあり、未だざわついた様子ではあった。
そもそも、桜が殺されなければならない理由は一体何だったのだろうか。
国会議員とは常に黒い噂がつきまとうものだ。
その最たるものが、金だ。だが、そこまで深い接触はこれまでになかったものの、桜が生来、生真面目な人間であることは自分でなくとも多くの人間が知っている。金にまつわる噂も聞いたことがない。
だとしたら、怨恨だろうか。桜の周囲には同じ時期に国会議員となった若手たちが集まってきている。カリスマ性も兼ね備えている桜に対して、邪魔に思っている存在が殺そうと考えた。ただ、そうなると桜を良く思っていない議員が居たとしてもあんな目立つような殺し方はしないだろう。逆に、民間の人間だったとしたら、あれだけの舞台を整え、手の込んだことを行うとなると、相当に頭が切れる人物か、金を持っている人物の可能性が高い。
考えて見たところで、今のところはまったくの予想、推理に過ぎない。何らかの材料があるわけでもない。
山久はそんなことをしばらく考えていたが、脳内は堂々巡りを繰り返すだけだった。
一時間後、警察による緊急記者会見が県警本部で行われた。
記者クラブの担当記者によると、桜はやはり即死。ボールの中身が爆弾になっていたとみられた。
ボールを落としたヘリは民間のヘリコプター会社だが、ボールは当日に球場関係者から手渡されたものであり、渡された物をただ、落としただけと言っているらしい。
ボールには当初、垂れ幕は付けないで落下させるはずだったが、ボールを用意した業者は予定通りの商品を届けたと話しており、それがどのタイミングですり替えられたかはわからない。会見で分かった情報はそれぐらいだった。
現場で一通り取材を終えてメモにし、本社に送稿し終わっていた山久は、本社に戻り朝刊のゲラを確認することにした。
「戻りました」
誰に告げたというわけではなく、フロア全体に向かって、そう声を上げた。
山久の机から見て正面の壁に掲げられている時計は、すでに午後九時を回っていた。
急いで、整理部員の所に出向き、各面のゲラを受け取る。
一面の見出しには大きく「県営球場で爆弾事件」「桜衆院議員死亡」との文字が書かれている。
写真は自分の撮ったマウンド上の爆発後のもの。それを見ると、またあの光景が脳裏に浮かんできた。
殺人などほとんど起こらない地方都市で、代議士が殺害される爆弾事件。これの意図するところは何なのか。自分の机に腰を下ろしながら考えたが、あまりにも情報が少なすぎた。
とにかく、今日は疲れた。明日は続報を打たなければならないが、県警担当と連絡を取り合ってやれば、それほどの労力は必要ないだろう。今日はゆっくり休もう。
そう考えていた山久の視線の端、そこにあったファックスの前で、同僚の記者が「デスク!」と叫んだ。
「どうした?」
それまで机の上の書類に目を通していた富田が勢いよく視線を向ける。その記者は慌てた様子で答えた。
「ゆ、誘拐です。しかも、桜の事件の関連で、男の子が誘拐されました!今から県警で記者会見を開くそうです!」
フロアの視線が一斉にその記者に集まった。
富田が叫ぶ。
「山久!すぐに県警に行ってくれ!」
すでに走り出していた山久は、その言葉を背中で受けながら、「いったい、どうなってるんだ」とつぶやきフロアを飛び出した。
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