第9話 地味、かつ確実なデータの必要性

 私は春の就任から半年以上も経ち、二足も三足もワラジを履かされ、会議に動員されるようになってきた。嫌悪すべき事態である。学科の同僚教授たちと同じように、何も研究らしいことができなくなってしまう。できるだけ、大きな資金獲得の話や、派手な花火のブチ上げ会には関わらないようにし、かつ目立たないようにしている。


 基本、組織作りのネゴや、学会のカネ集め会には、顔を出さない。その手の会の後に開催される懇親会なんぞ、酔っ払い共のたわ言のようで、それが現実化するのが恐ろしい。だがそういう仲間に入らない、というのはマズいわけで、巨大な資金を得て、派手な研究を大人数でおっぱじめるのが良しとされている。


 だが、そんなこと私はやりたくはないのだ。勿論、前にも述べたが、口が裂けても「やりたくない」、などとは言えない。本音はというと助教と二人で、あとは専門家の一人くらいを巻き込み、学生も数人で良いから、興味と能力のある人を得て、まともな研究をしたいわけである。


 そのためには、客観的に見て明らかな、説得力のあるデータを必要としていた。私は一つの提案を西田助教にしてみた。彼の反応が見たい。


「西田先生、もし深い瞑想状態で、その時間に過去を深く追体験していたとき、本人から外部に知らせるには、どうしたらいいだろう」


「ええ、それ、かなり問題がありまして、追体験している本人はかなりの瞑想状態にあるわけですよね。そうすると、瞑想状態の本人自身が感じている、ということをスイッチなり何かで外部に知らせなければなりません」


「そうだね。量子力学で言う“観測の問題”と根は同じだよ。つまり、追体験している本人が外部にそのことを知らせることで、深い瞑想がやぶられてしまうのではないかと」


「しかし、やってみる価値はあるかもしれません。我々の脳は、これまでの数々の研究で分かってきたとおり、自身を監視する機能を持っているようです。これが、追体験とは別に作動するのであれば外部に向かってスイッチを押す、という行為は多少かく乱を与えるかもしれませんが、少しは客観的なデータになりはしないか、と考えます」


「本人が深い追体験を始める、そしてそれを監視する自己がスイッチを押す、外部では脳の視覚野が活性化されているかどうかを観測する、そのような流れかな」


「そうですね。過去にも、脳に電極を当てて離脱体験をおこさせ、本人に語らせた例があります。しかし、あまりにも倫理的に問題があったのと、離脱体験という強烈にオカルトを感じさせる要素があったために、きちんと追従する人が出ませんでしたよね」


「そういうこと、していたね。リリーを含めて、昔からそういうことやる人はいたし、臨死体験が流行った頃にも多くの研究が出たよ。しかし、あまり煽情的なことをしても仕方がないから、確実なデータを取りたい」


「そうすると、ごく簡単、かつ確実に押せる、体や脳に負担の少ない軽くて小さなスイッチを持って、タンクにはいってみましょうか」


「やってみよう。そもそも予算が少ないので簡単なスイッチにするしかない。予算がない、ということは刺激的で派手な成果を出す必要はない、ということだ。過去の失敗は派手にやりすぎて、しかも結果を煽情的に宣伝したからだ。


 批判の多くは、オカルトだという内容だよ。批判する側からすれば、いくらでも突っ込みどころがある上に、オカルトとくれば好条件だ。だから、花火の後はその後処理になってしまう。確実で地味な結果なら、不信感を煽ってこの研究分野が潰される危険性も少ない。そもそも、功名心や資金提供者のためにやっているわけではない」


「教授のお考えは理解です。ただ、私にすればデータは論文を書くのに是非、必要です。長く続けるためにも、奇抜な実験をする必要はないと私も思います。再現可能なデータにとどめておき、訳の分からない、例えば見えないはずの隣の部屋が見えた、などという派手なデータは必要ありません」


「では、具体的な手順だ。タンクに被験者が入ったら、視覚野の興奮を中心に観察しつつ、スイッチが押された時刻をPCに記録、後から本人の証言により主観的ではあるが、間接的な証拠を得る、という条件でまずはやってみよう。駄目なら他の方法を考えるまでだ。論文は、実験が失敗したなら、そう正直に書いて出したらいい。私を連名にしてかまわない。生化学分野なら少しは私も知られてはいるから、論文の審査者だって勘案するだろう」


「失敗したところでDMNとの相関についての考察を、論文の最後に述べればいいと考えています」


 西田助教と準備を始め、論理に不備はないか、過去に似たデータはないか、私は調べはじめた。なにしろ、この分野で我々は後発かつ初心者なのだ。


 作業をしつつ、ひとことだけ言った。


「私はこれが成功しても失敗しても、終わりにはしないよ。まだ研究の端緒に過ぎないんだ」

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