先生を、私にください。
suna
1話『先生と私』
これは、私が高校二年生の頃のお話。
私は特に可愛いわけでもなく、成績も平均。
そんなごく普通の生徒だった。
二年生になって学校の生活にも慣れてきて、将来のことはまだいいかと、何も考えていないような私はただ流れに身を任せて生きていた。
そんな時、一人の友人がある教師の話題を口にした。
『優木(ゆうき)先生ってなんか怖いよね〜いつも眉間にしわ寄って目つき悪いし』
それが、数学教師である優木先生をちゃんと認識した瞬間だった。
彼は私のクラスの授業を担当していなかったから、話すことは愚か、会うこともほとんどなかった。
そんな先生がいるんだ、その時はその程度にしか思ってはいなかった。
ある日の授業後、生徒がほとんど帰った後でも私は委員会の仕事で残っていた。
美化委員に入ったせいで、私は当番の日に担当の階の教室を見て回っていた。
なんだかんだ綺麗好きだった私は、汚れを見つければ雑巾を用意して汚れを拭ったり、ホウキを持ち出して床をはいたり…。
そんな事をしていたせいで、あたりは既に暗くなっていた。
季節のせいか暗くなるのは早かった。
バケツまで持ち込んで床を雑巾掛けしていたので、私は水の入ったバケツを持って水道までの廊下をゆっくりと歩いていた。
そんな時に、声をかけられた。
それが、優木先生だった。
でも私は完全に油断しきっていて、突然の声に大声をあげてバケツから手を離してしまったのだ。
廊下は水浸しで、私はスカートや靴下、靴も水浸し。
しかも汚れた水。
『すまない、そんなに驚かれるとは思っていなかった…』
彼は教師だけが持つネームホルダーを首から下げていた。
そこに書かれた名前を見て、噂の先生だと体が固まった。
確かに眉間にシワがよって目つきが悪い…しかし、この時の彼は眉を少し下げて困ったような顔をしていた。
『本当に申し訳ない…制服が濡れてしまっているな、それに床も』
『床…?あっ、床!』
私は優木先生の言葉で我に帰り、慌てて持っていた雑巾で床を拭き始めた。
しかし、一枚だけの雑巾ではすぐに水を吸い込んで使えなくなってしまった。
バケツの上でキツくしぼってまた拭く。
『俺も手伝わせてくれ』
いつのまにか何枚もの雑巾を持ってきていた優木先生は、私の目の前にかがんで床を一心不乱に吹き始めた。
その光景を見て、私は胸を高鳴らせた。
今までクラスの男子生徒にも抱かなかったこの感情。
まだ若いはずなのに、顔つきや体格は大人の男性そのもので、鋭い目つきの上には黒縁のメガネ。
雑巾を持つ手はゴツゴツして固そうで…。
私はその全てに見惚れてしまったのだ。
その日から、私は先生の虜だった。
初めは大人への憧れとか、そういった感情なのだと思っていた。
一時の感情で生まれた小さな恋。
ただそれだけだと、思っていた。
あの日以来私は優木先生を見つければすぐに駆け寄って声をかけた。
先生も嬉しそうにその鋭い目を少し下げて私を見つめていた。
周りからは怖いと言われようが、私にだけはこうして優しげに微笑んでくれていた。
それが嬉しくて、私だけが特別なんだと思い込んでいた。
『なんか最近静葉って優木先生と仲良いよね?』
『そうかな?』
『それ私も思ってた!ていうか最近の優木先生いいよねぇ〜前より優しくなったっていうか、笑うようになった!』
『よく見たらイケメンだしね!』
その時、私の胸に黒い渦が蠢いていた。
前までは優木先生のことを怖いと罵ったくせに。
優木先生のあの笑顔は私だけが知ってるはずなのに。
嫉妬だ。
そう気づいて、絶望した。
彼は先生で私は生徒。
実るはずがない。
そう思ってはいたけれど、恋する気持ちというものは止まることを知らなかった。
先生を見るたびに、声を聞くたびに私は先生の……彼の特別でいたくなる。
『君と話すようになってから、他の生徒も声をかけてくれるようになったんだ。今まで俺を怖いと言って避けられていたのは知っていたが、こうして声をかけてもらえるのは嬉しいものだな』
嬉しそうにそう言った先生に、腹が立った。
先生にとっては良いこと、喜ばなきゃいけないのに、自分勝手な気持ちが邪魔をする。
そして私は口走ってしまった。
『先生は私と話してればいいよ』
『……雨宮?』
『私が最初に先生と仲良くなったのに!最近女の子ばっかり寄って来て……先生もそんなことで喜ばないでよ!』
『…………』
止まらなかった。
あふれ出した感情は、どんどん口から漏れていく。
『先生が好き……ねぇ先生、私を特別にしてよ。先生の特別になりたいの』
目から溢れる涙を拭わずに、私は優木先生に想いを伝えた。
答えは分かりきっていたのに。
それでも伝えずにはいられなかった。
その後のことなんて考えもせずに。
『……ありがとう、雨宮』
『…先生』
『それと…すまない。君の気持ちに答えることはできない』
こうして、私と先生の関係は終わってしまった。
終わるとかの前に、先生と生徒という関係から一歩も進んでいなかったのだけれど。
それから私は優木先生と一切話さなくなった。
すれ違うことはあったけど、私は顔を見るのが怖くてすぐに逃げ出していた。
遠巻きに先生が女の子に囲まれている光景を見た。
嫉妬の感情はあった、でももう先生を困らせることはできなかった。
彼女でもなんでもない、ただの生徒なのだから。
そんな時父の転勤が決まった。
そこは県外で、当然私はついていくことになった。
助かった、と思った。
これで彼から逃げることもなくなるのだから。
結局私は、先生と話すことはなくそのまま県外へと引っ越した。
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