第9話 平野

 試練の塔一階は外からの見た目の大きさとは格段と違っていた。

 中は東京ドームいくつ分では表せないほどであった。なぜなら、そこは一つの大きな世界が広がっていたからである。なぜそんなことが可能になっているかは言うまでもない。ここは仮想現実世界、そのため作り出すものは何でもありの世界だったのだ。

「めちゃくちゃ広かったんですね……この中は」

 一香はこの試練の塔を書物では読んだことがあるが、実際に中に入って、自分の五感で直接この空気に触れたことは初めてだった。

「そうだね――」

「ここなら、こんな場所が狩集区にもあったんだな」

 一香に続き、瑠美と政次もこの世界の広さに感激していた。

「三人はこの世界は初めてだったんだね――なら、少しこの世界を説明してあげる」

 ユリカはそういうと右手を上げ、遠くのほうを指さす。

「今私が指をさしているほうにはたくさんの山脈が見えるでしょ? あれはジャッキー山脈っていって、リアルの世界にはなくらい高い山が連ねっているところ。そこには空飛ぶモンスターが飛んでたり、地面に穴を掘って過ごすモンスターが多く生息しているの」

 ユリカは遠く差していた指をまっすぐ真ん中のほうにずらす。

「次にあっち。あっちの方では森林のエリアになっている。まぁ、ここから見たら小さく見えるが近くに行ったらまぁ、言ったことはないけどアフリカのアマゾン並みだと思うよ。あそこには真ん中に川も流れているし、たぶん、試練の塔の一階では一番多くの種類のモンスターがいると思う。次はさらに左の方。あそこには山脈から森林を通ってきた水がたまる大きな海になっているの。あそこにはもちろん水の中のモンスターが多い。あとはー、山脈にいる空飛ぶモンスターとは違う種類の獣も飛んでたりするかな?」

「なるほど、わかりやすい説明だな」

 セノンもまじめにユリカの説明を聞いて何度もうなずいていた。

「最後にここ。このあたり一帯は平野エリアになっているの。ここはもう見たまんまって感じかな。ここはスタート地点だからそんなに見える範囲じゃモンスターはいないけど、まぁ、進んだらモンスターは出てくるかな。まぁ、ここを例えるならサバンナだよね。人を襲ってこないモンスターもいるし。まぁ、私からはこんな感じかな。どう? わかったかな?」

 ユリカはみんなが理解できているか確認をとる。すると、セノン含めて、メンバー全員が理解していることがわかった。

「セノンさんからは何か言っておきたいことあるかな?」

「んーっと、特にないかな」

 セノンは少しの間考えてみるものの特に何も思いつかなかった。

「ここって、ランクが高いほど上の階に上がれるんですよね? ユリカさんとセノンさんは一人でするとどれくらいまで上がれるんですか?」

 一香は疑問に思っていた。それは、元テルルのメンバー、現在の個人ランキング四位に人物がいてなぜ、まだ、一階にしか行くことができないのかを。

「私は十八階までなら上がったことあるよ」

「僕は一人だったら三十ぐらいだった気がするな? これは許可が下りているだけで実際一人で来たことはないけどね」

「なんで、そんなにも上がれる人がいてギルドではこんなにも制限されているんですか?

「それはね、まず一つ目はこのギルドにはギルドランクというものがまだないことと。そしてもう一つは経験したことがないプレイヤーがいるってこと。いくら仮想現実の世界でも人が死ぬことはよくないからね」

 ユリカは一香の質問には丁寧に答えていく。この質問を聞いたのは一香だったが、瑠美も政次も体を前に倒しながら聞いていた。

「ギルドランクってものは個人についているランクのようなもの……」

 瑠美は落ち着いた声で言う。

「そんな感じだね! このギルドはまだ、何に対しても数字が付いていないからこれからだよね! さぁ、質問はこんな感じでいいかな? ないならまずは、この平野エリアで狩りをしよー!」

 ユリカほかのメンバーから質問がないことを確認すると、ギルドを盛り上げようとこぶしを空高くに上げ、スタートを切ろうとする。

「「「「おぉぉぉぉーーー!!!!!」」」」

 ユリカに続き四人もエンジンをかける。

 五人はスタート地点から少しだけ移動した。すると、目の前には小さなモンスターが現れた。

 そのモンスターの名前は[クードル]という犬のような中型モンスターだ。そのモンスターの毛皮は紫色で鋭い牙があることが特徴的だ。

 そのモンスターは五人の様子を軽くうかがっている。

 しかし、セノンはそんなことを全く気にせず背中にあるライフルを手にする。ライフルを手に取ると大きなフードも魔法のようにセノンの頭を覆う。すると、目が赤く光り、顔全体が影となる。そして、そこからは刹那な出来事だった。セノンは本当の力の五割程度の力しか出していなかったが、自分の戦う武器で一番攻撃力の高いライフルをわざと至近距離で使った。セノンはライフルを取り出してからはリロードを一回行い、そのまま引き金を引いた。放たれた銃弾はクードルの頭から尾までを一瞬で突き抜け、破裂したようになり、姿は惨たらしかった。しかし、その姿はすぐにエフェクトとなり消えた。

 この、短い工程であったが照準を合わせたりと普通の人間ならば時間をかけることだ。

 しかし、セノンがとったこれはユリカ達四人の目に移ることは全くといっていいほどなかった。

「今ので分かったと思うけど、みんなもこんな感じで自分の実力を見せてほしいと思ってる。僕の力でこのあたりの敵はあまりにも力の差があるから今日は五割ぐらいしか出せていなかったと思うけど……わかったかな?」

 セノンはライフルをしまって、顔にかぶっていたフードもとった。

「わかったけど。私たちはそこまでできるかわからないよ?」

 ユリカはまだ、いまいち状況を把握しきれてはいない。これはまだ、言葉もだせない三人の子供たちもそうだった。

「みんなには自分の精一杯の力を出してほしい。これは人じゃなくて今までの自分に勝つイメージで」

 セノンはみんなが驚いていることには気づいているが、どれほどとまではわからなかった。テルルではメンバー十人がセノンと同じぐらいの実力でそれぞれ違う特技があり、サポート、前衛、後衛などいくつかの得意分野にわかれ、得意なことはみんなが認めてバケモノクラスだったため、今の五割の力はみんなが得意な分野だったら頑張れば出るものと思っていた。

「なるほど。わかった……わかったにしてもテルルって少し気になるよね」

 ユリカはゆっくり知っていけばいいとは思っていたが、これほどの存在の集まりとなるとやはり気になることも多くなっていった。そして、このユリカの言葉を聞いて、三人の子供たちもそれぞれ返事の仕方は違うものの、やはりテルルは気になるようであった。

「それは――――また時間があるときに話すよ。それより、次出てくる敵は政次に倒してもらいたいと思う」

「わ、わかった」

 政次は返事をすると刀に軽く触れた。そのままゆっくりと目を閉じる。

 俺はできる。俺は強い。俺の必殺技は[天地斬撃]。

 政次は心の中で唱えると目を開ける。その前には[サーベルサンダー]というモンスターがいた。

 そのモンスターは体に電気を帯び、目をぎらぎらとさせてこちらを睨んでいた。

 そのとき、もう政次は自分のことに集中していた。そして、刀を抜刀。剣先をサーベルサンダーに頭に向けると、

「天地斬撃!」

 政次は目を大きく見開いていた。その言葉の空気の波はすぐに消えてしまったが、体は神秘的な光に包まれていた。

 神秘的な光はやがて、青色の炎となりその炎はいずれ刀だけに移っていった。

 政次はそのまま思い切り足を前に踏み込む。そして、その刀をサーベルサンダーに振るう。

 すると、政次が持っていた刀は長く伸びる。その伸びた先の刃先は勢いが付き、炎の熱とその勢いでモンスターの頭をぶった切る予定だった……しかし、いくら仮想世界と言って現実は甘くない。

 その刀は見事サーベルタイガーの頭の前で空振りする。長さが届いていなかったのだ。

「政次恥ずかし~。そんなことばっかりやってるからいつまでたってもランクが上がらないんでしょ?」

 一香は少しがっかりした。それは自分が恥をかいているよな気分にあったからだ。

 そんなことを言われ、少し落ち込んだ政次のランクはというと未だに六であった。

 ちなみに、一香のランクは十二、瑠美は十三。セカルドのランクはなかなか上がらないため、大人でも一桁はいる。しかし、子供にしてランクが十を超えていることはすごいことだ。

「そんなこと言ったって、この天地斬撃っていうのは毎回長さが変わるんだから仕方ないだろ!」

「まぁまぁ、落ち着いて、私も三人ぐらいの時はランク十五しかなかったし……」

 ユリカはフォローに入ったつもりだったが、まったくフォローになっていない。これを聞いた政次は言葉をなくしてしまった。

「あれ? 私、変なこと言った?」

「ユリカさん、私たちぐらいの時にランク十五は高いと思います。実際、今の私や、瑠美よりも高いですし」

「あれ、そうだった。でも、セノンさんの聞くよりはましでしょ?」

 それには全員一致だったがセノンは昔どうだったかすごく気になる四人。

「セノンさんは私たちぐらいの時どのくらいだったんですか?」

 瑠美は禁断のことを聞いてしまう。

「僕は十台後半だったことぐらいしか覚えてないかな……」

「そうなんですか……すごいですね! ちなみに今はいくつなんですか?」

 瑠美はそのまま聞いた。しかし、この時みんなが忘れていた存在に気づかされる。

「いってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええ!」

 政次の腕にサーベルサンダーが食いつく。政次の腕からは真っ赤なエフェクトが見えている。

 セカルドでは、人間の五感などの感覚がそれなりにリアリティーがあるように再現されている。そのため、失神しない程度までなら痛みは現実世界そのものだ。そのため、彼の叫びは生々しいものがある。

 これにはさすがのセノンもやばいと思う。

 セノンは腰に掛けていた銃をすぐに手に取りリロードをもしないままサーベルサンダーめがけて引き金を引く。

 弾かれた瞬間銃弾は飛んでいないように見えた。しかし、セノンの二本の銃のうち片方はリロードなしで見えない銃弾を撃つことのできる銃だった。

 銃弾は見事サーベルサンダーにヒットする。しかし、このセノンの行動には誰も気づけなかった。

 サーベルサンダーはあごの力が抜け、そのまま落ちる。

 政次の腕は鋭い牙による傷があった。この傷はひどかったためすぐに瑠美が杖を自分の前に構える。

「ヒール」

 瑠美の杖が緑いろの風を出し、それが政次の腕を纏った。瑠美が呪文を唱えると傷があった政次の腕は一瞬で治った。

 これにはセノンもすごい腕だと感心した。その理由はすぐにユリカが話してくれる。

「瑠美ちゃんすごいね! その大きな傷をそんなに短時間で、それも後遺症なく治せるサポーターは大人でもなかなかいないよ! 感心した!」

 瑠美が凄腕の回復魔法を見せたことにより勝手に死んだと思われたサーベルサンダーのことはみんなの意識の外に行った。

「あ、ありがとうございます。わたしは今見てもらったことが全力です。わたしは戦闘は全くできないですが回復魔法と能力向上魔法を得意としています。攻撃魔法は練習中です」

「その腕があればすぐにできるようになるよ!」

 ユリカはこれを機に私も頑張っていいところを見せないと、と思えた。

「それはともかく、政次君はもっと周りに気を付けてないとだね」

「で、でも話が盛り上がってたし……これから、頑張ります」

 政次は言い訳をしながらも自分に反省する。

「政次は戦闘中のイメージが足りていない。イメージだ、イメージ。その刀をここまで伸ばしたい。この炎はこういう動きをしてほしい。とな。それができるようになったらテルルのセレンも夢じゃないぞ」

 セノンは的確なアドバイスをする。なぜそれができるかというと、政次はどことなくセレンと同じものを持っていた気がしたからだ。

 今は個人ランキング一位でテルルの中でも一番有名なセレンだったが、テルルの十人の中で子供のころセレンが一番足を引っ張りよく師に言われていた。セノンから見るとセレンと政次は同じようなものだった。

「わかりました! セノンさん! これから、もっと精進して頑張ります」

 政次はいいことを聞き気合が入る。セノンはそんな政次を見てたくさんかわいがってやろうと思った。

「それで、わたしの質問の答えは何ですか?」

 瑠美は今までものことがなかったかのような空気感でセノンに聞く。

「あ、覚えてた」

「はい」

「僕のランクはだな、四十二だよ」

 この四十二というランクの数字はすごいことだ。

 前プレイヤーのうち、ランクが四十を超えているのは元テルルのメンバー十人ともうあと三人しか存在していない。

 これにはさすがに四人も驚きを通り過ぎ、言葉を失った。

 その静まった空気をセノンは打破しようと話をする。

「まぁ、これで僕を含め三人の技が見れたことだし、あとは一香とユリカさんのみよう」

「そ、そうですね。なら先に一香ちゃんにやってもらうとしますか」

 ユリカは気持ちを切り替えて少し自分の準備にも入る。ユリカに指名された一香は武器を手にする。

「わかりました。次の敵は私が本気で倒します」

「なら、あっちに進みながら敵が来たら戦うってことで行きますか!」

 ユリカは指をさし、五人はユリカが指をさした方に足を進めることとした。

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