第8話 大きく高い塔

 翌日、現実の世界から仮想現実の世界に戻ったセノンはというと宿『BUFFALO』のロビーにいた。

 そこには冒険家らしいユリカがいた。ユリカの背中には大鎌があり、その手持ちの部分にはジャラジャラとした鎖が付いている。それは死神が持っていそうな武器そのもので明らかにまずい空気を醸し出している。また、ユリカ小柄な体つきの後ろには黒く大きな翼が折りたたまれている。全体的に輝くユリカではなく堕天使のようであった。

 それに対してセノンはいつも通りのダボっとした服に大きなフードを着た服装だ。

「あれ、セノンさんって同じ服装なんですね」

「まぁーな。それより一ついいか?」

 ここで、セノンは一つの疑問をユリカにぶつける。

「なんですか?」

「その翼を使って空って飛べるのか?」

「なんだ、そんなことですか?」

 ユリカは質問の意外さに思わず腹を抱える。

「何がそんなにおかしいんだ」

 セノンは少しムッとしたが、ユリカは楽しそうだった。

「私、いつも気を使われるのにセノンさんは態度を変えないし、意表を突いてくるので一緒にいて楽しいというか……まぁ、話を戻しますか。えーっと、質問はこの翼で空を実際に飛べるかということですよね。その答えはもちろん飛べますよ。むしろ、ここまで大きな翼を一ファッションとしてつけているほうが戦闘に不向きじゃないですか」

 ユリカは笑い方をニコニコとした笑いに変え、笑顔を絶やさない。

「まぁ、そうだよな。今、二人しかいないから言うけど、今日は試練の塔の一階で、メンバー全員の戦うスタイルや能力、そのステータスなどいろいろメンバーについて知れたらと思っているから。まぁ、試練の塔は実力が認められてからしか二階、三階に行けないってこ都とかもあるがな」

「では、あとでかっこよく飛んで見せますね! それはさておき、今日の予定は理解しました。ただですよ? これからはそういうことは事前にメッセージなど送ってくださると助かります。せっかくフレンドですし~」

 ユリカは半回転し、セノンに背中を見せた。

「それは――これから気を付けます」

「よろしい!」

 セノンは女という生き物には勝てる気がしないと心底悟った。

「あ、お二人とも早いですね」

 そこにやってきたのは瑠美だ。

「瑠美ちゃんも早いじゃん!」

 ユリカは一歩前に踏み出し、手を振って瑠美を歓迎する。

「お二人ともこんなに早く来て何していたんですか?」

「それは――――」

 セノンは優しさからすぐに答えを言おうとするが、

「そんなの秘密だよ~!」

 少し、意地悪なユリカが出てきた。それに対して瑠美も言い返そうとはするが理性が働いたのかゆっくりと静かになる。

 少し空気は重くなるがそんなことは一瞬のことだった。

「皆さんこんにちは! ユリカさんもこんにちは!」

 政次が階段を下りてきた。彼はやはり侍のような恰好をしている。が、心は侍ではない。心はユリカの存在のせいで大波を立てていた。

「政次君こんにちは!」

 ユリカは情緒不安定のような政次のことは知らず気持ちのいい挨拶を政次にする。

「――は、はい!」

 政次が集まりすぐに取り乱していると、一香も遅れてやってくる。

「皆さん、遅れてすみません」

 一香はとても申し訳なさそうにいている。一香が来た時間は本当の集合時間の五分前だったし、少しの遅れぐらいは誰も怒ったりはしない。

「一香ちゃんもこんにちは! 全然遅れてなんかいないよ! 大丈夫だって!」

 ユリカは一香のフォローに入る。ユリカの言葉には周りにいたエンジェル・ハーツのメンバーみんなが首を縦に振っていた。

「それじゃ、ゆっくりと歩いていくとしますか」

「その言葉は私の役目です!」

 そうして、ギルドエンジェル・ハーツのメンバー五人は試練の塔へと向かいゆっくりと歩き始める。

 ユリカはリーダーを頑張ろうとすごく張り切ってる。セノンはこれが空回りしないといいが、と思いながらもそっけなく返事を返す。

「はいはい。なら今日やることもユリカさんからご報告があるそうでーす」

「なんですか? その言い方は。全く……まぁいいです」

 セノンは最近ユリカが自分にだけ厳しいような気がしてきてならなかった。そのため、少しいたずらをしようと考えてしまった。

 それはユリカの背中にある翼を触ることだ。セノンがなぜこんなことをするのかというと、よくある小説の設定で翼が性感帯ということを知っていたからだ。

 セノンはポーカーフェイスを保ったまま、ゆっくりと手をユリカの翼に近づけ、とうとう触れる。と、その瞬間、

「きゃぁっ――」

 ユリカがいきなり声を上げる。彼女はそのまま後ろを振り向くとセノンが自分の翼に触れていた。

 セノンはこの仮想現実の世界でも翼が性感帯であったということに驚きを隠せない。

「何しているんですかっ? セノンさん!」

「ん? あ、ごめんごめん、これにおは少し事情があってだな――」

「事情? そんなこと私は知りません!」

 ユリカは完全にその場に小さな子がいることを忘れていた。

「大体、なんでこんなにも公共の場で人の感じるところに触れようとしているんですか?」

 セノンは責められているがそこに三人の子供がいることを気にして周りを見る。

 すると、一香は顔を少し赤く染め、政次はにやにやとした目つきでセノンとユリカを交互にまじまじと見ている。瑠美はというとポカンとして何も知らない様子であった。

 一香はセノンの視線に気づき、

「あ、私たちのことは気にしないでいいですよ?」

「いや、そういうわけじゃ……」

 セノンはまだ平然としているが、少し冷静さを戻したユリカは顔を真っ赤にする。

「セノンさん、今夜話があります」

「は、はい」

 ユリカとセノンは真面目な顔をしている。

 しかし、ユリカの言葉は語弊を生む言い方をしていた。それに気づいている政次はさらにニヤニヤとしていた。

「政次君?」

 ユリカは少し声を低くしていった。すると、政次には一発で効果を発揮し、おとなしくなる。

 一香もこれを聞いて少し安心していた。瑠美は、未だに何の話をしているのかわからない状態にあった。

「さて、話を戻しますよ? この道中は試練の塔でやることの話をします」

 ユリカは歩いていた五人の一歩前に出て話し始める。

「今日試練の塔に行ったら行けるのは一階だけということは三人も知っていると思います。とここで、今日はその一階でメンバー全員の戦い方など、ギルド内で情報交換をしたいと思っています。やり方はこのメンバーの前で自分のできる限界を見せてほしいと思っています。わかりましたか?」

 ユリカが後ろを振り向いて聞くと、全員がわかったとユリカに合図した。

「今日中には二階、三階くらいまで上がれるといいな」

 セノンはコマンドメニューを開け自分のギルドランキングを見た。やはり、ランキングは圏外という表示がされていた。その時、一瞬だけ見えた個人ランキングは世界、個人ともにセノンは四位だった。

「そうですね。ランキングに入れたらいいですけどね……けど、ランキングに入るぐらいはしないと三階まで上がれないですか」

 ユリカは少し微笑みながら言った。情報交換とはいっても戦いは全力でやることが当たり前であった。

「私たちも頑張ろうね!」

 一香が政次、瑠美に言う。すると二人もやる気十分という様子であった。

 そうして、五人は足を一度も休めることなく歩き続けていると、前に大きな塔の入り口が見えるところまできた。

 その塔の横には役所があり、五人はまず役所に入って手続きをすることとする。

 その中はとても広々としている。その中の一角には試練の塔専門カウンターと書いてある場所があった。そこはいくつかのカウンターに分かれてほとんどが様々な冒険者によって埋め尽くされていたが、一か所誰も立っていない場所を見つけ、五人はそこに行く。

「ようこそ、いらっしゃいませ。こちらは試練の塔専門受付カウンターです」

 そこには大人びた女性が受付の仕事をしていた。

「今日はどんなご用事があってまいったのですか?」

「今日は初めてで、試練の塔に入れるように受付に来ました」

 ユリカは慣れた手つきで話を進める。

「はい。チームは後ろのメンバーを含めた五人で間違いないでしょうか?」

 受付の女性が尋ねると、

「はい。この五人がわたしのギルドメンバーです」

 ユリカは前にあった光るものの上に手を置いた。

 その光るものの上に手を載せるとギルド情報が相手のシステムに加わり、情報を残していってくれるものだった。これによって次はいるときに何階まではいることができるかが決められる。

「それではこれから試練の塔の説明に入りますね」

「それは結構です」

 ユリカはあっさり断る。

「かしこまりました。試練の塔からの冒険を終えた後もう一度こちらまで足を運んでいただけると幸いです。それではお気をつけて行ってらっしゃいませ」

 女性は軽く頭を下げ、五人を送り出した。

 五人はその役所を出ると大きく高く聳え立つ試練の塔に入っていった。

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