リーゼル 3-3 竜人VS猿人
リーゼルは思わず両手で目を覆った。
頭の中では、セレスタがバラバラにされる光景が展開されている。
しかし、いつまでたってもそれらしい気配はやってこなかった。
誰も、ひと言も発さない。
ど、どうなったんだろう……?
おそるおそる、指の隙間から覗いてみる。
セレスタは――――無事だ!
状況を見て悟る。
なんと彼は、ショウジョウの懐に自ら飛び込み、刀が振り下ろされるより先に相手の手首をつかまえていたのだ。
あたりが静かだったのは、まさかの行動と早業に、皆絶句していたからにちがいない。
「セ、セレスタさん……!」
「なァに間抜け面晒してんだよリーゼル。こんくらい、ぜんぜん大したこたァねーだろう……がァ!」
セレスタが膝蹴りを繰り出す。ショウジョウの身体が宙に浮いた。「オラ! オラ! オラ!」とさらに三発。突き放し、よろめいたところへミドルキック。吹っ飛ぶショウジョウ。
だが、彼は耐えた。両足と左手を地面について踏ん張り、五、六メートル後退しただけで踏みとどまった。
「うはっ!」
セレスタが目を輝かせる。
「しぶってェな、おっさん!」
「モールソンの幹部をなめるなよ!」
ショウジョウに、ほとんどダメージはないようすだ。
彼は、今度は耳の横で刀を立てる八相の構えを取った。足さばきも、摺り足からボクシングのステップのような動きへとシフトする。
「なんだそりゃあ? どこの流派だよ」
「黙って見てろやボウズ」
たたん、とステップの速度があがった。
はったりではないと思ったのか、セレスタが表情を引き締め、身構える。
たたん。
さらに速くなる。たたん。たたん。たたたたん。たたたたたたたたたたたたん。
リーゼルは自分の目を疑った。
気がつけば三、四……五人? ショウジョウの姿が増えている。
高速移動による残像。うそ。ほんとにこんなことができる人間がいるなんて。
「「「「「
五人のショウジョウが一斉に吼え、セレスタを左右から押し包むように展開した。
するとセレスタは、大きく翼を広げてひと打ちした。たちまち砂塵が舞いあがり、なにも見えなくなる。
「ぬおっ!? これは……!」
そうか――リーゼルは得心する。こうなっては、高速で動き回るのはかえって危険なので、ショウジョウは足を止めざるを得ない。しかも、砂塵の動きを上から見おろすことで、相手の位置も特定できる。
案の定、セレスタは上にいた。
天井すれすれを飛行している。ショウジョウの姿を確認した彼は、天井を蹴りつけるために身体を折り曲げた。
――そして、そのままの姿勢で固まる。
「えっ?」
なにが起こったのか、リーゼルの位置からはすぐにはわからなかった。たぶん、セレスタにはもっとわからないだろう。
目を凝らしてみると、白いモヤのような糸のようなふわふわしたものが、セレスタの身体に纏わりついている。
その白いものに縛られたせいで動けなくなっているのだ。
「なんだか知らねえが――」
まずい。砂塵が収まっていく。異変に気付いたショウジョウが、好機とばかりに跳躍した。
「もらった!」
閃光のような突き。セレスタは、かろうじて動く片翼を羽ばたかせた。だが、よけきれない。大鴉の切っ先が、紙に穴をあけるように左の翼を貫いた。
「セレスタさん!」
リーゼルは絶叫する。自分でも信じられないほどの怒りが、腹の底から湧きあがってきた。
セレスタの翼。
あの、きれいな翼。
それを傷つけるなんて、絶対に許せない。
セレスタとショウジョウのふたりが、もみ合いながら落下していく。許せない、許せない。あの猿親父、絶対にブチのめしてやる!
「バカ野郎! うかつに動くんじゃあねえ!」
怒鳴りつけられて、リーゼルは我に返った。
「わたし……なにをしようと……」
「いいから……周りをよく見ろ……! 敵は他にもいる……っ!」
切迫した声で、セレスタは叫んだ。
「そ、そんなこと言われても……誰が敵かなんて……もし隠れられでもしてたら、それこそ絶対にわかりませんよぅ……」
「だったら、仕掛けられてる罠を探せ……ッ! 他にもいくつかあるハズだ……!」
罠? 仕掛けられて……?
それはつまり、敵がこの場所でセレスタを待ち伏せていたということで……。
「わ、わたしにも戦えって言うんですか?」
「嫌ならいいぜ。どーせてめーには期待してねえ。オレひとりで……なんとかするだけだっ!」
「そんな言い方……」
しなくたっていいではないか。
たしかに戦うのは嫌いだけど、セレスタが傷つくのを見るよりはいい……と、思う。
たとえ、ひどい怪我がすぐに治ってしまっても、彼が懲りない性格だとしてもだ。
自分にできることがあるなら、なんとかしてあげたいと思ったっていいだろう。
――どこ?
リーゼルは注意深くあたりを見まわした。
自分だったらどこに仕掛ける?
さっきは、セレスタが天井にふれようとしたところで罠が発動した。きっと目には見えないか、隠蔽性の高い、物にくっつけることができるタイプなのだ。
そして、セレスタが酒場で騒動を起こし、その周辺で戦闘が行われることを想定するなら――
遮蔽物として利用できそうな壁や、足場に使えそうな屋根……飛べるという
……いや。待て待て。それなりに数を用意できる罠なら、セレスタのさわりそうなところをなるべく広くカバーしようとするはず。
ならば、簡単に登れそうな場所にも仕掛けられている可能性は高い。
よし――リーゼルはひらきなおることにした。
結局候補は絞り切れなかったが、あてずっぽうでもなんでも、とにかく手当たり次第に罠を発動させてやれば、それだけ安全に動ける場所が増える。
リーゼルは〈酔鯨〉の向かいにある鮮魚店のほうへと走り、店頭の商品を並べてある台に飛び乗った。そこから手をのばして建物の庇をつかみ、屋根の上によじ登る。
周囲を確認し、目を凝らした。怪しいものは見つからない。思い切って前へ這い進んでみる。なにも起きない。
別の方向へと進む。こっちもダメ。
ならばこっちは――すると、きた。三度目の正直。いきなり、音もなくあの白いものがリーゼルの身体の周りに湧き出し、絡みついてきた。
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