リーゼル 1-3 妹と呼んで!


 竜人族フォニークなら自分のところで引き取るのがスジだろう、というセレスタの主張はあっさりと受け容れられた。

 強者の発言力はさすがというべきか、それとも長い物には巻かれる主義がここの住人に浸透しているのか。

 とにかく、そういったわけで、リーゼルは彼についていくことになった。

 畑にいた連中からシャツと靴を借り、土を踏み固めただけの道を歩いてゆく。セレスタによると、さっきの畑もいま歩いている街中も、〈幽霊船〉の甲板上に作られた『居住区』という部分とのことだった。


 しかし、にわかには信じがたい。ここは本当に船の中なのか?

 上を向いても岩か金属でできた天井に妨げられて空は見えず、むしろ地下都市のような趣きがあった。

 狭い通りを大勢の人々が行き交い、露店や地面に布を敷いて品物を並べただけのから盛んに呼び込みの声があがっている。

 照明は主に、ライト・クリスタルなる発光する石を管理する施設から、鏡を用いて各所に届けているらしい。

 おかげで歩き回るのに不自由はしないが、場所によって光量に差があったり、陰影がかなり濃くなっているところはある。


「あの……セレスタ、さん」

「あン?」

 先を歩く彼は、首だけを後ろに向けてリーゼルを睨みつけた。

「す……すすすすすすいません……っ!」

「ンだよ、ビビってんじゃねーよ! べつに怒ったわけじゃねーし」

「そ……そうなんですか?」

「そうだよ! 傷つくじゃあねーか!」

「だって、怖い顔するから……」

「元々そーゆー顔なんだよ! 気にすんな!」

「こ、声も大きいし……喋り方も……」

「だから元々なんだって! 悪かったな!」

 鬼のような形相で怒鳴られたが、その言葉からは必死さが滲み出ていた。

 嘘をついているようではない。本当に、怖い人ではないのだろうか?

「で、なんだよ?」

「えっと……さっきは、ありがとうございました」

 リーゼルがそう言うと、セレスタは「はあ?」と首をかしげた。

「なんの話だ?」

「助けてくれたことです。あのまま、あそこにいる誰かに連れていかれたら、わたし、どうなっていたか……」

「べつに……おなじ竜人族フォニークのよしみってヤツだよ」

 おなじ竜人族フォニーク――その言葉に、胸がじわりと熱くなる。

 リーゼルが自分の名前だと認識したときとおなじような感覚。

 右も左もわからない状況で、自分以外の誰かから何者であるか認められたことが、無性に嬉しかったのだ。

 セレスタが急に歩調を速めたので、リーゼルは慌てて後を追った。

「ま、待ってください……!」

「うるせー」

 ぶっきらぼうな口調だったが、突き放されたようには感じなかった。

「まだわかんねーだろ」

「は?」

「オレについてきて、本当によかったかどうかだよ。だから、礼なんて言う必要ねーんだよ」

「でも……」

 こういうことは、きっちりしておかないと気がすまない、というか気持ち悪い。

「うるせー! 必要ねーったらねーんだ!」

「いいじゃないですか。わたしが言いたいんですから」

「お前、意外と強情なんだな」

 セレスタはリーゼルの肩をつかむと、乱暴に壁に押しつけた。

「ご、ごめんなさい! そんなつもりじゃ――」

 殴られる――と思ったが、彼は愉しげに口許を歪めていた。

「改めなくてもいいぜ。お前は竜人族フォニークなんだ。他の弱っちい種族みてーに振舞う必要なんざねえ」

「そ……そうですか」

「ただし、だ」

「はい」

「オレのいうことは聞けよ?」

 言ってから、セレスタはニヤリと笑った。

「お前は今日から、オレの舎弟になるんだからな」


「舎弟ってなんですかそれ。拒否権はないんですか?」

「嫌なら出てってもいいんだぜ? どうやって暮らしてくか知んねーけど」

 理不尽だとは思ったが、ここで意地を張っても野垂れ死ぬ未来しか浮かばない。

「うう……かわいがってくださいね?」

 渋々リーゼルはうなずいた。

「ところで、女の子相手に舎弟はないと思います」

「んじゃ舎妹? そんな言葉はねーぞ」

「賢妹、もしくはマイ・リトル・シスターとか」

「調子に乗んな。てめーなんざてめーで充分だ」

「格下げされた!? 名前すら呼ばれないとか!」

「名前で呼んでもらえるよう、せいぜい頑張るんだな」

「ふつーに妹分とかでいいじゃないですか!」




 ドラゴンの末裔たる竜人族フォニーク人竜族ツイニークに共通する特徴のひとつは、繁殖力が弱いことだ。

 個体の寿命が異常なほど長く、きわめて頑健かつ高い戦闘力を持つことと、おそらくは関係している。要するに、せっせと子作りに励まなくても、充分に種を繁栄させられるということらしい。

 セレスタは竜人族フォニークもっとも若い世代のひとりであり、いっしょに住んでいる仲間の中でもいちばん年下だった。彼らは同世代の数人と共同生活を営むことが多い。

 やんちゃな末っ子ポジションなのかと思いきや、血の繋がりがない分、上下関係には厳しいのか、あまりわがままが許される雰囲気ではなかった。それで、自分の命令に従う下の世代の登場を待ち望んでいたらしい。


 実際に生活を始めてみると、セレスタは思ったより悪くない兄貴分だった。

 喧嘩っ早いし、、文句は多いし、なにかあるとすぐに尻尾で頭をはたいてくるが、総合的に判断して面倒見はよいほうだった。わからないことも、彼の知識の範囲内でありさえすれば、すぐに教えてくれる。

「見ろよ」

 はじめて〈虚無の海〉を見たのも、セレスタにくっついて甲板に出たときだった。

「気ィつけろよ。落ちたら骨も残さず分解されちまうからな」

「はえー……」

 船縁から下を覗くと、鈍色の液体を巨大な金属の塊が押し分けて進んでいるのがわかった。

「本当に船だったんですね」

「なんだよ、疑ってたのか?」

「そりゃそうでしょ」

 なにしろ〈幽霊船〉の居住区は広い。とてつもなく広い。

 端から端までいくのにも丸一日かかるうえ、そんなものが何十層と積み重なっている。住んでいる人の数だけでも、どれほどになるか想像もつかない。

 これらの人々は、〈幽霊船〉が辿り着いた先々の世界から乗り込んできたのだという。

 様々な世界の、様々な種族。

 獣と人の混じったような姿のもの。外骨格を持つもの。無数の手足や触手を持つもの。機械にしか見えないもの――異形という言葉が虚しくなるほど、多様な人々がここでは暮らしている。

 彼らは力を合わせて、〈幽霊船〉の甲板に自分たちの住む巨大なを作り上げた。

 はじめは、そこら辺にある材料を使って、ほったて小屋のようなものを建てていたが、空きスペースがなくなると、縦に住居を積み上げていった。

 もちろん、最初からそのことを想定して家を建てていたわけではないので、耐久力にはかなり問題があり、初期に建てられた住居はほとんど潰れてしまったらしい。

 古い住居の残骸の上にまた家が建てられ、それも潰れると、またさらに上に新しい家が建てられる――ちょうど、サンゴがサンゴ礁を形成していくように増築と改築を繰り返し、居住区は成長していった。

 潰れた区画も無駄にはされない。圧縮され、充分な強度が確認されると、トンネルを掘って再び居住スペースとして利用する。

 レアな鋼材が使われていた区画などは、一種の鉱山となることもある。

 また、どういう理屈か、トンネルを掘り進めていると以前はなかった空間に突然繋がったりすることもあるそうだ。

 どんなことでも起こり得る、どんな不思議も不思議ではない――トブラックとかいう会社組織の男がそんなことを言っていたが、さもありなんと思わせる雰囲気がここにはある。

「ひとりで見にこようとか思うなよ」

 鈍色の波濤を眺めながめていると、セレスタが言った。

「骨も残らねーってことは、死体とかヤバいモンの処理にこれ以上ないってくらい便利だからな。そういうことをしに来てる連中に見つかったら、お前も放り込まれちまうぞ」

「うええ……」

竜の子らドラゴニュート〉のような強勢力を相手に、あえて虎の尾を踏もうという――竜だけど――命知らずはめったにいない。

 しかし、リーゼルはまだ顔も名前もほとんど知られていないから、はずみでことになってしまう危険性は高い。その後、セレスタや組織が報復してくれたところで、死んだ者にとってはどうでもいいことだ。

 とした風がリーゼルの頬を撫でる。

 屋外だというのに、心地よさは皆無だった。空を見あげても、海よりは多少明るい程度の、やはり鈍色をした雲と、時折走る稲光が見えるだけで、陰々滅々とした気分になるばかりだ。〈虚無の海〉のある次元の狭間は、どこもこんな感じだという。

「今日はマシなほうだぜ。たまに次元嵐に出くわすこともあるけど、そんときゃ居住区もしっちゃかめっちゃかになる」

「えー……これよりまだ下があるんですか」

 聞けば聞くほど気分が滅入ってくる。

「これを訊いたら失礼かもですけど、こんなところで暮らしてて愉しいんですか?」

「ほんとに失礼だな、オイ」

 セレスタは大口をあけて笑った。

「ま、そのうちわかるさ」

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