Wizard's High

紅苑しおん

 「うるさい、パパには関係ないでしょ」

 そう言って玄関を飛び出した娘を次に見たのは冷たい地下室で顔に白い当て布を掛けられた姿でだった。呆然と焦点を結ばぬ目で虚空を見つめる妻と一言も言葉を交わすことはなく、俺もただ呆然としたまま燃え尽きていく線香の火に視線を注ぎ続ける。やがて私服姿の警官が現れると虚ろな眼差しで佇む俺たちへ淡々と説明が続けられた。娘がどのような状態で発見されたのか、娘は何故死ぬことになったのか。そんな事を話していたようだがあまり耳には入ってこない。どうでもよかった。娘が深夜に家のドアをくぐって不機嫌そうに帰ってくることはもうないのだな、とその事実だけでじゅうぶんだった。じゅうぶんすぎるほど俺たちは打ちのめされていた。


「結論としては娘さんの死に不自然な点は見られません。自殺と判断せざるを得ないでしょう」


 刑事のその一言だけが引っかかった。

 自殺。

 果たして俺の娘は自ら死を選ぶようなそんな選択肢を自分の中に持っているような人間だっただろうか。脳裏に娘の人格を描こうとして、すぐ断念した。年頃の娘の何を中年のオヤジが知っているというのか。俺は娘のことを何ひとつ知りはしない。知ろうともしてこなかった、というのが正しいのかもしれないが。


「違います」


 ずっと黙ったままで宙に視線をさまよわせていた妻がようやく口を開いた。

 弱々しく、力強い声だった。


「違います」


 もう一度妻は繰り返す。


「お気持ちはわかりますが…」

「いいえ。違うんです。絶対に違う」


 刑事の言葉を遮って妻はそれだけを繰り返す。そうだよな。次第に俺の中にも娘の笑顔とともに、娘がどんな人生を歩んできたのか、その軌跡が思い出されてきた。俺には妻のように口に出して断言することはできない。


 でも…心の底では確信している。

 娘は自殺なんてしない。

 それだけは絶対にあり得ないと…

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