怪奇!アパートのお化け騒動?

1話

「ただいまっすー!」



カランカランと音の鳴るドアを開け放てば、いつものように花の香りがする。

ここはフラワーショップAster、名前の由来は店主の「紫苑」という下の名前を英語にしたTatarian asterからだ。



「いつも静かに開けろって言ってるだろうが!」



叫ぶ男、これが店主の辰水紫苑。

俺にはよくわからないけれど、この花屋の界隈では有名な人らしい。ネットの評判を聞いて店に来た人が「辰水紫苑って男の人だったんですか!?」と驚くのを何度も見た。



「さーせん!気を付けます!」


「てめぇいい加減にしねぇと追い出すぞ」


「まぁまぁ、その辺にしてあげたらどうです?そんなに言ったら忍くんがかわいそうよ」



この人は大学三年生の夢咲沙羅さん。この店でバイトをしている人だ。卒業したら、そのままここで正社員になって働く予定だと言う。



「忍、テストはどうだったんだ。出来たか?」


「ばっちりっす!」



俺は高校三年生の花房忍。紫苑さんに拾われたというか、救われたというか。そういうことで、今は紫苑さんの家に住んでいてここでバイトさせてもらっている。



「しっかし見れば見るほど、紫苑さん見た目マジでインテリヤクザっすよね。お客さんに怖がられてないか不安っすよ」


「うるせぇ、お前だって今でこそまともに学校行ってても初めて会った時どっからどう見てもヤンキーだったろうが。もう勉強教えねぇぞ」


「それは勘弁っす!」



昔のことを思い出そうとしたその時、控えめにドアのベルの音が鳴った。

振り返れば、二十歳前後の小さい女の人が立っていた。



「あ、香陽ちゃん!来てくれたのね」


「うん。あの、このお店で相談に乗ってくれるって聞いたんですけど……」


「相談の依頼ならこっちだ。おい、忍。中に連れてってやってくれ」


「了解っす!」



そう、何を隠そうこの花屋フラワーショップAsterには知る人ぞ知る裏の仕事「何でも屋」がある。

俺は主にこっちをメインに手伝っている。と言っても紫苑さんについて行って隣で見ていることばかりだけど。



「ささ、こちらに!」


「ありがとうございます……」


「お茶でよかったかしら?」


「あ、大丈夫だよ」


「で、名前は?」


「一之瀬香陽と言います。沙羅ちゃんとは同じ大学で友達です」


「そうか、それで相談の内容は?」



香陽さんがぽつりぽつりと少しずつ語り始めた。

要約すると、自分が今住んでいる部屋の隣に人はいないはずなのに物音がするらしい。



「怖くてたまらなくて……沙羅ちゃんに相談したらうちの店に相談しに来なって」


「この前お友達何人かで一緒にお泊りに行ったんだけどガタガタ音がしてて……怖くてみんなで固まって寝たの」


「マジっすか……怖いっすね……」



紫苑さんの方をちらりと見れば、顎に手を当てて考え込んでいる。

ドラマの俳優さんみたいで中々様になっている。

ただ、こんな依頼が来るたび一つだけ気になることがある。こんなに悩んでいるように見えるが、いつもメガネの奥の瞳がギラギラしててこれから起きることを楽しみにしているのがよくわかる。

でも、これに気付くのはきっと俺か沙羅さんしかいないだろう。隣でずっと見ていれば気づくような些細な変化だから。



「なんの仕業なのか気になって……でも自分で確かめるのも怖いし、大家さんに聞いても隣に人は住んでないの一点張りで……部屋の中も確認したけど何もなかったって」


「いつから始まったんだ?それと普段はいつに音がする」


「一か月前くらいです。毎週金曜日の夜ごろに音がして……」


「なるほどな。一人で見に行ったりしなかったのは賢明な判断だ。もし強盗なんかが隠れてアジトに使っていたら殺されてたかもしれねぇ」


「お化けだったらどうするんすか……!?」


「バカか。そんな非科学的なものいるわけねぇだろ」


「かぁーっ!とことん現実主義っすね」


「紫苑さんのリアリストは今に始まったことじゃないしね」



少しだけ穏やかな空気になったと思えば、紫苑さんが突然立ち上がり椅子に掛けてあった上着を羽織った。

あ、こういうときは……



「よし、見に行くぞ」


「りょーかいっす!」

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