ショートストーリー:定食屋かしわぎ3
「そういうもんなんすね」
いまいちピンとこないけど、経験上大人のアドバイスはためになることがほとんどなので、実践してみようと思った。
「話を戻すが、残念だが、宮野さんの腕ではまだかしわぎの味を出すことは難しい。よって、定食メニューの追加は保留とする」
「……そうですよね、わかりました。もっと練習に練習を重ねます」
「ああ、検討を祈っている」
さゆりさんの口からは前向きな言葉が出ているものの、声のトーンは低い。
ダメだしされて悲しそうなのは、その表情を見てもわかる。
俺も二つの唐揚げを食べ比べたけど、みんなの言う通り味は違っていた。
でも、かしわぎの味は出せていないかもしれないけど、さゆりさんの唐揚げだって十分美味しかった。
それなのに、ここまでダメ出しされるのは納得がいかない。
っていうか俺は、単純に、好きな人に悲しい顔をさせた椿さんに腹を立てている。
「では、私はそろそろ帰ることにします」
「ちょっと待ってください!」
俺たちに背中を向け、出入り口に進もうとする椿さんを引き留めた。
「宇垣くん、私に何か用事でも?」
「椿さん、一つ肝心なことを忘れてしますよ」
「肝心なこと、とは?」
「喫茶リリィに来たからには、コーヒーを飲んでからお帰りいただきます!……さゆりさん、準備お願いします」
「え? えっと……そうですね、かしこまりました!」
さゆりさんに笑顔が戻った。嬉しそうにカウンターに入り、サイフォンの準備をする。
「さゆりさん、椿さんに最高のコーヒーを淹れて、ぎゃふんと言わせちゃってください。かしわぎのお二人も、よろしければ」
「そうだね、じゃあお言葉に甘えていただくとするよ」
かしわぎご夫婦はテーブル席に腰かけた。椿さんも、二人に続いて座る。
「ふっ、なるほどな」
椿さんは余裕のある笑みをうかべ、意味深な台詞を呟いていた。
ほどなくして、コーヒーの豊かな香りが店内に充満する。
この香りをかぐと、ほとんどのお客さんが幸せそうに笑う。
「そういえば、喫茶リリィって灰皿がないんだねえ」
「そういえばそうですね。言われるまで気がつきませんでした」
言われてみれば、喫茶店ってタバコが吸えるお店が多そうなイメージだ。
最近は、分煙と禁煙で分かれているところが圧倒的だと思う。
喫茶リリィは狭いからそれは難しいだろうけど。
「母の代までは喫煙可だったんですけどね。私は、子供からお年寄りまでいろんな方に来ていただく場所にしたかったので、禁煙にさせていただきました」
「たしかに、吸わない人にとってあの煙は苦痛だろうからな。君の判断は正解だろう。まぁ、喫煙者の俺にとっては肩身が狭い話だ」「椿さんってタバコ吸うんすね」
「ああ。主に会社で休憩中にな」
椿さんのプチ情報を知ったところで、コーヒーができあがった。
「どうぞ召し上がってください」
「一つ言っておくが、俺はコーヒーの味にもうるさい男だ。覚悟しておくように」
どんな評価が下されるのかと考えるだけで緊張してきた。お腹も痛くなる。俺はただ、唐揚げだけでさゆりさんを判断してほしくなかった。
喫茶店店主としてのさゆりさんはすごいんだぞ、彼女の淹れるコーヒーは最高なんだぞって、椿さんに言いたかった。
でも、もしまた椿さんに酷評されたらどうしよう。さゆりさんのプライドがずたずたになっちゃうんじゃ。
そう考えると怖くて、椿さんがコーヒーを飲む様子を見ていられなかった。
「……うまい。最高じゃないか!」
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