3.待ち人~お別れ?2~
今はとても、笑って誰かと話せる精神状態じゃなかったからだ。あの店が無くなったら、俺はどうしたらいいんだろう。当たり前のようにさゆりさんと会えなくなってしまったら、これから何を楽しみに生きればいい?
何度も自分に問いかけるも、答えは見つからず、ぐるぐる自問自答を繰り返す。そのうちにどんどん目が冴えて、ほとんど寝れないままが明けてしまった。
――次の日。今日は朝から一日アルバイトの予定なのに、まぶたも体も、ついでに頭も重い。でも、さゆりさんは今日も俺を待ってくれている。彼女の期待に答えるためにも、しゃきっとしなくてはならない。俺は何度も顔を洗って、心を落ち着けた。
自宅から商店街までは徒歩で十五分。とくに特徴のないこの道を歩く機会は減ってしまうのだろうか。そう考えたとたん、目にはいる景色すべてが尊いものに思えるから不思議だ。
……まだ閉店するって決まったわけじゃないのに、センチメンタル過ぎるだろ、俺。
「おはようございます」
喫茶リリィの扉を開けると、さゆりさんは床の掃き掃除をしていた。いつもと変わらない様子にほっとする。
「おはようございます、冬馬くん。今日は涼しいですね」
「そうですねえ、大分秋っぽいですよね」
他愛もない話をしながら休憩室に行き、エプロンを身につける。
キッチンにあるふきんをもってテーブルを拭こうとすると、さゆりさんに、「もう掃除はすべて終わらせちゃいました」と言われた。
こんなことは今日が初めてだった。だいたいいつもは二人で掃除を分担していて、途中からさゆりさんは仕込みに入るという流れなのに。いつもと違うというだけで、不安が心を包み込んでいく。
「め、珍しいっすね、どうしたんですか?」
「今日は早く目が覚めちゃったんです。昨日のことで、頭が冴えちゃったというか。……冬馬くん、昨日はどうもありがとうございました」
突然お礼を言われ、深々と頭を下げられた。こんなのもはじめてだ。どうしよう、さっきから嫌な予感しかしない。お願いだから、いつもと違うことやめてほしいよ。
「さゆりさん、頭をあげてください。俺はなにもしてないですって」
「そんなことないです。冬馬くんがお父さんを追いかけてくれたから、再会することができたんです。本当にありがとう、感謝してもしきれません」
さゆりさんはとても満足げに、幸せそうに笑っている。またもや、いつもと違う光景を見た。初めてさゆりさんと出会ってから今日まで、さゆりさんの笑顔は何度も見てきた。
けれども、今日の笑顔は、今までのものとは比べられないくらいにきれいで、嬉しそうで、きらきら光っていた。
ああ、そうか。ようやく、念願が叶ったから、こんなに嬉しそうにしているんだ。彼女を心から笑わせているのはあのお父さんなんだ、と悟った。
……さゆりさんが一番幸せなのは、お父さんと一緒に暮らすこと。それをずっと願ってきた。さゆりさんと離ればなれになったら寂しいけれど、好きな人の歩くべき道を応援するのが男というものだろう。さゆりさんのことが大好きだから、彼女の幸せを願う。
短い間だったけど一緒に過ごすことができたし、いろんなことを教えてもらった。彼女のおかげで、たくさんの人と知り合うこともできた。それだけで、俺はもう十分だよ。
「……さゆりさん、俺、喫茶リリィでアルバイトをすることができて、本当によかったです。さゆりさんや、お客さんとかけがえのない時間を過ごすことができて、本当に幸せでした」
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