3.待ち人~お別れ?~
少し名残惜しくもあるけれど、さゆりさんとお父さんに挨拶をして、喫茶リリィをあとにした。予定より早くアルバイトが終わってしまい、手持ち無沙汰に感じる。今からどうしようかな。すぐに帰っても暇だし。かといって、友達に連絡して遊びに行くほどの時間はない。
「……そうだ。たまには、客になってやるか」
すぐに帰ってしまったジジィトリオの存在を思い出した俺は、彼らの店に顔を出すことにした。
「小僧か。もうアルバイトは終わったのか?」
「今日はもう店を閉めたよ。暇になったから、コロッケ買いに来てやった」
「なんだ、偉そうに。……まあいい、何にするんじゃ」
「じゃあ、ビーフコロッケひとつ」
おっさんのコロッケ屋はどれも百円台で買える、財布に優しいお店だ。衣がさくっと揚がっていて、かつ具はジューシーだ。ちょっと悔しいけど美味しくて、やみつきになる。中学の時はよく、部活帰りに立ち寄って食べたものだ。
「あいかわらずうめーな」
「当たり前だ、うちは長年コロッケばっかり研究しとるからな。……ついでにこれもやる」
「え、いいの?」
「あまりもんじゃ」
なぜかおっさんは、追加でポテトコロッケもくれた。両手にコロッケをもっている俺、すごく食いしん坊みたい。鈴木のおっさんは口が悪くて、頑固で、顔が怖いけど、悪い人ではないんだよな。
いつも自分の気持ちを正直に伝えてくれるし。まぁ、めんどくさい人だと思う時が圧倒的に多いけど。少なくともさゆりさんにとっては、大切な“父親”の一人だ。
「どっちもおいしいよ。ありがとう、おっさん」
「おう。いつまでも店の前におられたらじゃまだ。もう帰れ」
虫を追い払うようなしぐさをされ、イラッとした。コロッケほめてやるんじゃなかった。
「言われなくても帰るっつーの。じゃあ、また明日な」
「また明日、か。それも、いつまであるかな……」
言われたとおりに帰ろうとしたけれど、おっさんの意味深な発言が気になって足を止めた。いつも変わらない仏頂面だけど、今はどことなく寂しそうな目をしている。
「おっさん、それって、どういう意味だよ」
「前に八百屋がいっとったろ。さゆりちゃんは、父親に会うためにあの喫茶店を続けているってな。目的は達成したんだ、いつ店を畳むかもわからん」
「えっ……」
「それにな、せっかく念願の父親と再会できたんだ、ゆくゆくは一緒に住みたいと思うだろ。さゆりちゃんがここを離れて、あいつのもとに引っ越していく可能性もある」
トンカチで頭を叩かれたような、強い衝撃が走る。そんなこと考えてもいなかったけど、たしかに、おっさんの言うことは一理ある。
百合子さん、さゆりさんがあの店を続けていたのは、お父さんに会うためだ。目的を果たしたいま、赤字続きの店を続ける必要はないだろう。
それに、さゆりさんのご両親は転勤が原因で別れていて、互いに辛い経験をしている。すべてを知ったさゆりさんは、もう後悔させないように、この土地を捨ててでも父親と一緒に暮らそうとするかもしれない
そうなったら、俺は……さゆりさんとはもう会えなくなる?
それだけじゃない。もう喫茶リリィで、さゆりさんやお客さんとみんなで談笑することができなくなる。ジジィトリオと何でもない話で盛り上がることも、竹内さんとさゆりさんにかんする話をすることもできない。
小林さんと一緒にご飯を食べることも、実可子ちゃんたち子供と遊ぶこともできなくなる。
喫茶リリィがなくなるかもしれない、という危機感を得て初めて俺は……あそこが俺の居場所になっていたと自覚した。
「……おい、小僧どうした? 店の前でぼーっとするな」
ショックのあまり、おっさんのうるさい声も耳に入っていなかった。
「あ、ごめん、おっさん。俺帰るわ」
「おう、車には気をつけろよ」
俺は食べかけのコロッケを両手にもったまま店を離れ、家路についた。
交互にコロッケを食べるも、さっきみたいに美味しいと感じない。むしろ、おっさんには悪いけど、油くどいとさえ感じてしまう。
コロッケ屋の次はたい焼き屋と和菓子屋にも行こうと思っていたのに、いけなかった。
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