2.いじめっ子といじめられっ子~母と娘8~

 これが、いじめている側の心理なのかと思うとぞっとした。だからこそ、簡単に人を傷つけることができるのか。自分たちが正義の味方で、あいちゃんが悪者だと信じて疑わない。犯罪をおかす人たちも同じなのかもしれない。なにかと理由をつけて自分を正当化して、平気で道に外れたことをする。

 極端な例かもしれないけど、そんなことを考えてしまった。


「何度も言うけど、どんな理由であれ、人をいじめるのはいけません。もし不満があるなら、正々堂々と本人に伝えるべきだわ。集団で一人を陥れるなんて、絶対にしてはいけません。反対の立場だったらどう思うの?」


 さゆりさんの口調が厳しくなる。優しく説得しても、実可子ちゃんの心に響かないと察したのだろうか。


「……なんでさゆりちゃんにそんなことを言われないといけないの? 関係ないじゃん。親でもないのに!」

「それは……」

「コロッケ屋のおじさんたちだってそうだよ! おじさんたちにわたしを怒る権利なんてないし!」 


 申し訳ないけど、たしかに一理ある。ここにいる俺たち全員は、実可子ちゃんの親でも先生でもない。赤の他人だ。彼女を注意する権利なんてないかもしれない。

 一番気がかりだったことを指摘されてしまった。


 ここにいる誰もがそう思ったのか、あの鈴木のおっさんまでもが、実可子ちゃんに反論できないでいた。休憩室では八百屋のおばさんが待機しているけど、出てくる気配はない。実可子ちゃんがいじめをしているということが明らかになったのに、どうしてだろう?

 今出てきちゃうと余計にもめてしまうと思って、様子を見ているのだろうか。


 いずれにしても、この雰囲気は非常にまずいと思う。何とかもう一度、ちゃんと話し合いができる状況にまで持っていきたい。



 何かいいアイディアはないのかと考えていたとき――ふとこの前さゆりさんに言われた言葉を思い出した。


「なぁ、実可子ちゃん」

「……なに?」


 実可子ちゃんは、泣いてはいないけれど、完全に心を閉ざしているようだった。カウンター席に戻ることもなく、立ち尽くしたままうつむいている。


「どうしてさゆりさんやおっさんたちが、実可子ちゃんに厳しいことを言うのかわかるか?」

「そんなの、わかるわけないじゃん」

「だったら教えてやる。実可子ちゃんのことを大切に想っているから、素直でまっすぐな心を持ってるって信じてるからだよ。間違った道を進んでほしくないからだよ」

「……え?」


 実可子ちゃんは顔をあげて、俺の目をまっすぐに見つめた。


「もしかしたら嫌われるかもしれない、反発されるかもしれない。そういうの覚悟して、心を鬼にして注意すんだよ。こんな面倒で疲れるようなこと、どうでもいいヤツにはしないだろ?」 


 これは、俺自身も今気がついたことだ。ようやくあのときの、さゆりさんの言葉の意味がわかった。友達と一緒にバカなことして騒いで、楽しむのは簡単。友達が間違ったことをしそうになっても、見て見ぬふりをするのは簡単だ。


 でも、俺の友達は、俺が“サボりたい”ってぼやいた言葉をスルーせずに、間違っていると教えてくれた。ケンカになるかもしれないってリスクがあっても、些細なことでも、ちゃんと正してくれた。



 


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