第5話 剣の里(3)

 


 季節が一巡りして、また春になった。

 俺の素振りは、もう俺の思う通りになっていた。今ならあのときの鬼は切れる。

 俺は心に鬼を思い浮かべ、一太刀一太刀切り伏せていった。

 何か一ついいことがあると、歯車というものはうまく回り始めるもので、あのころの俺は練る内気の量も格段に増えていたし、その扱いもまるで呼吸をするように自然なものになっていた。背が伸びたおかげで体も逞しくなり、覇気の量もここ一年で随分と増えた。なにより苦手だった外気の扱いが苦にならなくなった。初級の『肉体強化』の術を習得するのに二年もかかった俺だったが、気の扱いにも慣れ、法印を結ぶことにだけ意識をむければいいとなると、『知覚鋭敏』さらには『思考加速』と立て続けに術を身につけることができたのだ。

 ここで俺は一つの選択に迫られた。

 このまま使える陰陽の術を増やしていくか、あるいは今使える3つの術を磨いて、その効果を高めていくかのどちらかをかである。

 剣術と相性のいい陰陽の術は、初級のものでもまだいくつかある。けれど、俺は元来、いろいろなことを同時にいくつも使いこなせるほど器用ではない。だからあれこれと手を伸ばすのではなく、今使える法印をもっと大きく結べるようになって、込める外気の量を増やしていくほうがいいのではないか。陰陽の術に長けた者は、初級の術でも上級あるいは特級の術にひけをとらないものにするという。俺にはそこまでは無理であっても、せめて中級くらいの効果が出せるようになりたい。何年かかってでもいまの術を鍛えていこうと俺は思った。

 さて、そうなると週一日なにを学べばいいか。いまさら剣術を習いにいこうものなら、ガキ大将たちと一悶着あるのだろうし、読み書きは自分の名が書けて簡単なものなら読めるくらいのところで投げた。算術なんかはきっと俺の手にあまる。


 そこで俺は村の大人たちに混じって木工を習うことに決めた。

 俺たちが使っている木刀は、山から切り出してきた樫や琵琶の木を乾燥させて、村の大人たちが削ったものである。木刀は消耗品である。練習で撃ち合えばすぐに駄目になる。もっとも俺のように一人で素振りするだけなら一本あれば事足りるのだが、俺はその重さに、もの足りなさを感じるようになっていた。木刀におもりをつければ重さを調節できる。けれど俺のようにつま先から頭のってっぺん、そして掌を通して剣の先まで気で覆う者には、たとえそれが木刀であったとしても剣は剣であるべきであった。これから更に体は成長する。練る気の量も増えれば、ますます不満は大きくなっていくだろ。それならばいっそ自分の納得がいくものを自分の手で作ってやろうと俺は思った。


 大人たちに混じって木を削っていると、ガキ大将が取り巻きを連れて俺の前に現れた。「お前のような無能は今のうちから手に職をつけるがいいさ」と言って、俺を指さしてゲラゲラと笑った。「やっと自分の分がわかってきたじゃないか。無駄な棒振り遊びはやめて、今の内から励めよ」と。

 俺は自分が何をしたいかをちゃんとわかっていたので、奴らの言葉に腹を立てたりはしなかった。むしろ今日はしつこくないなと思うくらいのものだった。


 夏になった。

 妹が村を出て街で暮らすことになった。毎週村にきている陰陽術の先生の先生が、町にいるのだという。その内弟子になるのだ。聞けば他のお弟子さんたちはみな随分と妹より年上らしい。そんなところにいって大丈夫かと俺が問うと、「私は兄さんのほうが大丈夫か心配よ」と返された。なるほど、俺が人付き合いについて心配をするのは、大きなお世話というものらしい。

 頭のいい妹のことだ、どこへいってもうまくやっていくだろう。


 そんなころ南からの早馬がきた。

 南の国は相変わらず2つに割れたままであったが、このたび講和の約定が成ったとのことだった。師匠たちは兵を引き上げ、今頃は国境あたりにいるのだそうだ。

 主がぶじ帰路についたとの報に、里は大いにわいていた。

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