花斬る剣士の物語
西向十一郎
序章 こんな序章で大丈夫か?……大丈夫だ。問題ない!
第1話 プロローグ(まるぱく)
俺の師匠は西国随一の剛の者、西の剣聖とうたわれた剣士であったが、公爵領でおこなわれる御前試合に招かれたのは、病で死期の近づいたときだった。
師匠は俺を代理に推薦して、
「これはまだ十七の若造だが、小さいガキの頃から此の剣の里に育ち、特に仕込んだわけでもないが、我が流派の骨法は大過なく会得している者です。何十年鍛えても駄目な奴は駄目で、東の剣鬼や北の虎槍に比べれば命のやりとり、死合うた場数こそ少ないかも知れぬが、魂のこもった剣を振るいますよ。打ち込まれれば、ワシでも死を覚悟するよりほかございません。ワシが病のために余儀なくこの者を代理に差し出すわけではなくて、東や北と技を競って劣るまいと見込んで差し出すものと心得てくださるように」
聞いていた俺が呆れるほどの過分の言葉であった。
俺はそれまで師匠に褒められたことは一度もなかった。
もっとも、誰を褒めたこともない師匠であったが、それにしても、この突然の褒め言葉は俺をまったく混乱させた。
当の俺がそれほどだから、多くの古い弟子たちが師匠は
公爵家の使者マーロウも兄弟子たちの言い分に理があるようだと考えた。そこで俺を秘かに別室へと呼んで、
「お前の師匠は耄碌してあんなことを云ったが、まさかお前は
こう云われると、俺は妙に頭が冴えた。
その時まで師匠の言葉を疑ったり、自分の腕に不安を感じていたのが一時に掻き消えて、逆に肝が据わったのだ。
「俺の腕じゃ不足なほど、今度の試合ってえのは大層なものなんですかい。はばかりながら、今の里じゃあ俺の剣が届かな奴なんてただの一人も居ない筈だ」
俺はカッと目を見開き、それまで決して外に漏らさないように努めていた気を、感情のまま外へと漏らした。
マーロウはヒィッと間抜けな叫び声をあげ、部屋の隅まで飛んで逃げた。
「相弟子どもと道場で試合うのとワケが違うのだぞ。お前が腕くらべをするのは、お前の師と並んで王国八剣とうたわれる者の内の二人、剣鬼と虎槍だぞ。ワシに凄んでみせたところで何になる。お前ではどうともなるまいに」
気をとりなおし居住まいを正しながら、マーロウは苦笑した。
「剣鬼も虎槍も、師匠すらも恐ろしいと思うものか。今の俺の剣が届かぬというのであれば、試合うまでの間、一心不乱に己を鍛えて届かせればよいだけのことだ」
マーロウは憐れんで溜息をもらすような面持ちであったが、どう思い直してか、俺を師匠の代わりに公爵の邸へ連れていった。
「貴様は幸せ者だな。貴様のような若造が御前で試合をするなど、まったく馬鹿げた話ではあるが、けれどもまあそれはそれ、いちおう貴様も公爵家に招かれた客人。試合までの少々の間、未熟者の貴様でも公爵家のもてなしを受けるのであろうから、望外の幸せというものであろうよ。王国中の男という男が、いやいや、隣国を含めて遍く天下の男という男が、まだ見ぬ恋に胸を焦がしている公爵家の双子の姫様の御身近くにのぼることができるのだからな。垣間見ることも一度や二度はあるのだろうさ。せいぜい上手く立ち回って、命ばかりは拾うて帰ることじゃ。どうせかなわぬ試合なら、鍛錬工夫は要らぬのじゃから」
道々、マーロウはこんなことを云って俺を
「どうせかなわぬ俺をわざわざ連れていくこともありますまい」
「そこにもちゃんと思惑があるものさ。貴様は運のいい奴だ」
俺は旅の途中でマーロウに別れて幾度か立ち帰ろうと思った。しかし、剣鬼や虎槍、達人とよばれる者たちの妙技をこの目で見たいという気持ちが、俺を誘惑するのだった。
「はじめはワシも貴様の師匠があのようであるのならば、代わりに実子の内の誰か、もしくは既に名を成した高弟の内の誰かを連れて帰るつもりじゃったが、いやいやなるほどなるほど。ギリギリの
マーロウは頻りに自分の顎鬚を撫ぜ、ニヤニヤと笑いを浮かべるのだった。
「これまでの多くの戦で、西の剣聖はよう働いておったからのう。国も剣聖頼りじゃったわけじゃ。貴様のような未熟者をことさら里の代表じゃと云って送り出した剣聖の心、聡い公爵様のことじゃ、しかと察してくださることじゃろう。剣聖のこれまでの献身、その労への報いは貴様が代わりに受けるがよい。ほんに運のよい奴じゃ」
なるほどのうとマーロウは俺を見て、ひとり頷くのだった。
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