7.注文の多い料理店2017(お題:見知らぬ食事)

『ここで服を脱いでください』


 通された部屋。ぽつりと浮かぶそんな表示を見て、俺はいよいよ思う。

 なるほど、俺はここで食われるのか、と。



 ※※※



 一瞬のことだった。

 塾の帰り道、暗い夜道を自転車で走っていた俺は、突如としてまばゆい光に視界を覆われ。

 そして、気付いたらここにいた。


 天井・壁・床。どこを見ても一切の継ぎ目がない、白一色の部屋。

 電灯も見当たらないのに、あたりは明るい。天井や壁が光っている様子もない。下を見ると、自分の影はぼんやりと薄く拡散して、存在感を失っている。


 はじめは死んだのかと思った。

 トラックかなんかに轢かれて即死して、それでいまここにいるのかと。

 とくれば当然、お次は異世界転生とか、そういうことを期待するわけで。


 だから、


『いいえ、残念ながらそれは違います』


 突然に頭の中で響いた声に、その可能性を完全否定されたときは――もちろん最初は飛び上がるほどびっくりしたけれど――ちょっぴりがっかりしたのだった。


 声は、自分が遠い銀河の向こうからやってきた宇宙人であると、俺に告げた。


『突然さらってしまってごめんなさい。だけど、どうしてもお願いしたいことがあるのです』


 さてさて俺は再び身構える。

 異世界ファンタジーの線が消えたと思ったら、今度はSFの世界だ。

 いったい何を頼まれるのか。


 星を侵略する敵エイリアンと戦ってほしいのか。

 地球人のサンプルとして星まで連れていかれるのか。


 それとも。

 友好的な態度は表面だけで。 

 隙を見て俺を改造し、地球侵略の尖兵に仕立てあげようとしているのか――


 SFといっても幅広い。スペースオペラからパニックホラーまでなんでもござれだ。

 俺のシチュエーションがそのうちのどこに収まるのか。まるきり予断を許さない。

 さあ、お前の狙いは何だ!?


 そんな俺の考えを呼んだのか、声はくすくすと笑った。


『そんな暴力的なこと、しませんってば』


 そして、楽しそうに続ける。


『わたしは宇宙をさすらう料理人――あなたに、私の料理を食べてもらいたいのです』



 ※※※



 そうして、奇妙な晩餐が始まったのだった。

 声に言われるがまま壁に歩いた穴をくぐると、そこにはシャワー室があった。


『お食事の前に、まずは気分をさっぱりとしてください』


 言われるがままにシャワーを浴び、制服から備え付けの部屋着に着替えて、次の部屋へ。

 こんどは、狭い部屋にテーブルがひとつ。そのうえに乗っているのはコップに注がれた水一杯。


『食前のドリンクです』


 ふざけてんのか。

 そんなことを思うと、声は慌てて、これが私たちのスタイルなんですと弁明する。

 この時点でずいぶん怪しかったが、結局好奇心が勝った。俺はそのなんの変哲もない水を飲み干し、そうして再び次の部屋へ。


 ――そうして、『服を脱いでください』という看板に出くわしたというわけだ。


『食べたりしませんってば』


 そんなことを声が言ってくるが、信頼できない。

 っていうかそもそも、さっきシャワーを浴びさせたじゃないか。なんで再び服を脱がなきゃならんのだ。どうせアレだろ? 次は体に塩と油を塗りこませるんだろ?


『違います違います。ただ私は体のスキャンをしたいだけなんです』


 スキャン?


『そうです。あなたの体の組成や健康状態――そんな逐一のデータを見極めて、最適なお食事をお出しするんです』


 そんなことを言っているうちに、さっと赤い光線が俺の体をひと撫でする。身体をこわばらせたが、なんともなかった。


 俺、まだ服脱いでないぞ。


『本当はそっちの方が精度が高いんですけど……お気になさるようなら、これで結構です』


 また次の部屋への穴が開く。

 俺はしばし考えた。だが、振り返ったところで、いままで来た道がふさがっていることに気付く。

 どちらにせよ逃げ道はない、というわけか……。

 俺は観念して穴をくぐる。

 もうこうなったら、信じるしかない。

 鬼が出るか、蛇が出るか――


 

 ※※※



 出たのはごちそうだった。


「う、う、うんめぇぇぇぇえぇぇっ!」


 なんて、思わず叫んでしまうくらい。


 見たこともない料理ばかりだった。ピンク色のペースト状の何か。香ばしい匂いを出す謎の肉。食べると、ラムとも牛とも豚とも違う、だけどそれよりも圧倒的にうまい肉汁が口いっぱいに広がった。しかも、それでいてまったくしつこくないのだ。霜降り肉を食うと胃もたれを起こす俺だったが、この肉はいくら食べても平気だった。むしろどんどん食欲は増してくる。


 ほかにも料理はあった。四つ足がある魚。細長く、先端がくるりとまるまった、緑色の野菜。見た目は地球のものとは違ったが、グロテスクすぎるというほどではない。むしろ前菜類はフランス料理もかくやと言うばかりの繊細な盛り付けだった。


 最初に抱いた警戒心はどこへやら、ガツガツと喰い終わった俺。

 だが――


「うっッッ!?」


 腹を襲う急激な違和感。

 これは!

 腸が、音を立ててぜん動する。

 

 やはり。あの料理にはエイリアンの卵か何かが――


「もう。だから違いますってば」


 そう言うと、部屋にまた穴が開く。

 その先には看板があった。


『トイレ、この先』


 一にも二にもなく、俺は部屋へと駆け込む――



 ※※※



 結局、なんにもなかったのだ。

 気付いたときには、俺は帰路に返され、自動販売機の灯りでふと我に返った。


『ご満足いただけましたか?』


 そんな声に、俺はうなずいてみせる。

 でも、お代は――


『いりませんよ、そんなもの。もう十分にいただきましたから』


 そう言って、声は消えた。

 俺はあの味を反芻しながら家路を急ぐ。



 ※※※



 さてさて、ここからが私の時間だ。

 あの地球人がかえったあと、私はトイレに向かう。


 彼が残した排泄物。

 これこそが、私の主食。


 地球人の腸内細菌が醸し出す味は、はたしていかほどか――


 舌なめずりが、おさえられない。

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