戦場に咲く

優羽

戦場に咲く

 張り詰めた空気が、日没後の戦場に蔓延している。

 夜空を彩る星も、闇夜を照らす月も無い今夜。

 やけに静かな敵軍の状況を伺いながらも、彼らは暫しの休息の時間を得ていた。

「隊長、もう寝てください。もう二日も寝てないんでしょう」

「俺は見張りをしている。お前は気にせず体を休めろ」

 はぁ……と申し訳なさそうにその場を立ち去る兵士。

 その者を筆頭に、ブツブツと愚痴が湧き始める。

「人の好意くらい受け取れっての」

「疲労困憊して、指揮取れません――とかなったら絶対許さねぇからなあの野郎」

 地獄耳な彼に、会話は筒抜けだった。

 どこからかひょっこりと出てきた、彼女にも――。

 彼女といっても、彼の、いや隊長の彼女という訳ではない。一人の女性という意味での彼女だ。

 彼女は作戦指揮の副隊長であった。

「随分な言われようじゃないですかぁ、隊長」

「兵士たちの結束が深まるなら、それでいい。何とでも言わせておけばいいさ」

 そういうもんですかねぇと彼女は嘆き、そして笑う。

 その笑みは、ここが戦場だということを忘れさせてくれる、例えるなら辺り一面に咲く美しい向日葵ひまわりのような、そんな笑顔であった。



「いやぁそれにしても、セルス国軍、中々動きがありませんねぇ」

「睨み合いがこのまま続けば、本土から遠い我々シルム帝国が圧倒的に不利だ」

 私が行きましょうか、そう言い彼女は不敵に笑う。

 それはまるで、秋空の下に風を受けて揺られる、奇妙ながらも幻想的に咲く、彼岸花ひがんばなの如く。

 彼女の身体には幾つもの兵器が存在する。

 科学者によって完全な機械人間サイボーグと化した彼女は、シルム帝国の最後の切り札だった。

 闇夜に浮かぶ、機械的な黄金色の光を帯びた腕、その光を浴びた顔は、闇に浮かぶ蒲公英たんぽぽのように、怪しく煌めいていた。

 隊長は、彼女を抱き寄せる。

 光は弱まり、やがて儚く消えた。

「俺が君に頼るまで、君には人でいて欲しい」

 何を言っているんですか、と彼女は笑う。

「まだ私に、人を求めますか」

 あぁ求めるさ、と隊長も笑う。

「君にはまだ心がある」



 数時間経っても、セルス国軍の動きは見られない。

 食料も底をつき始めた、敵軍は動かない。それなら攻め込む時は今しかない。隊長はそう考える。

「済まない、君には眠っていてもらおう」

 素早い手刀で、彼女の腹部を勢いよく穿つ。

「かはっ……」

 彼女の鈍い声が漏れる。これは緊急停止操作である。彼女の機能はこれで、三時間完全に停止する。

「さて、始めようか」

 銃器を手に携え、腰にはナイフを、そして軍服の下には大量の手榴弾を巻き付けた。

 鳳仙花ほうせんかの種のように、彼もまた自身諸共、敵軍を弾き飛ばすつもりなのだろう。

 ふと、彼女の顔を見る。

 緊急停止操作によって、停止した筈の彼女。

 その表情は、とても美しく眠っているように映り、彼女の肌はまるでひいらぎのように、美しい白色をしていた。

「君は、もうこれ以上無理をしなくていい――」

 彼女の柔肌をさっと撫でる。

 そして、走り出す。

 刹那、銃声が響き渡る。

 兵士たちは、皆眠りから覚める。ただ一人を除いて。

 凄まじい轟音が、辺りを響かせる。

 彼は散ったのだ。戦場に咲く花に代わって。


 突如降り出した雨が、眠り続ける彼女の頬を伝ってゆく。

 それはまるで、彼を弔うかのように――。

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戦場に咲く 優羽 @yuu_yuu

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