第6話

ペットボトルとコップを持ってベッドに近付く。

 北澤は体を壁側に向けたまま、ぴくりともしない。

 寝たかな。

 ベッドの近くにある丸テーブルにボトルとカップを置き、青色のクッションによいしょと座る。僕の指定席だ。

 背中を壁にもたれかけながら、部屋をぐるりと見回す。

 小さい、シンプルな部屋。全く飾り気がないのが清々しい。

 黒いパイプベッドと、北澤。目を右に移す。シルバーの小さなコンポと、周りに積み上げられたCD。J-POP、フレンチポップス、アメリカンロック、映画音楽、なぜかモーツァルト。

 苦笑する。あまりにもばらばらで。北澤はお気に入りの歌手と言うのがいない。音楽や歌ならあるけれど。だから傍目には選択に自己主張はないように見える。しかし北澤的には基準があるらしい。「美しいか否か」だそうだ。

 他に目をやる。小さなTV。隅には高さが僕の腰くらいの、本棚がある。中には図書館のシールがついた本、外国のペーパーバック、英和/和英辞典、エアメールの束、そして、アルバム。

 意外に北澤はよく本を読む。ほとんどが推理小説で、国内外問わずに読む。恋愛小説は「べたべたしているから」、現代文学は「堅苦しいから」、偉 人伝は「他人の話を読んでもつまらないから」ほとんど読まない。意外に、と言ったのはその読書量の割には漢字の読み書きをよく間違えるからだ。本人は「読み仮名をふっていない方が悪い」と開き直っている。

 僕は立ち上がり、本棚のアルバムを一冊取り出した。彼が今まで旅行した様々な国が写っている。ほとんど日本を出た事のない僕は、アルバムをよく見せてもらう。アメリカのベーグルショップのショーウィンドウ、ギリシャの白い壁の家とその前で寝そべる猫、オーストラリアの熱い日差しの中、サンタの格好で演奏するオーケストラ・・・。ページをめくる度に小旅行へと連れて行ってくれる。写真の中の北澤を見た。これ以上はないというぐらいの笑顔で現地の人々と写っている。旅行にはいつも一人で行くのに、いつのまにか友人を作ってくる。北澤らしい。

 ベッド上の彼を見た。まだ眠っているようだ。

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