第2話『エッセンスは1滴だけ』

ナレ『奥のスペースに案内され、紅茶まで頂いてしまった。』


奈緒子「あの、この本はどういう? 」


ナレ『表題だけではまったく内容はわからない。』


ヴァーバラ「この本は……基本的に、持っていてくれるだけでいい」


ナレ『意味がわからない。』


奈緒子「すみません。よくわからないんですが……」


ヴァーバラ「すまないね。どう説明したらいいかな。……お嬢さん、君の"悪魔"の認識を先に問わせてくれないか? 」


奈緒子「"悪魔"、ですか? 」


ナレ『書物だけでも数多くの悪魔がいる。七つの大罪が今、再度ブームにはなっているかな。』


奈緒子「感覚と得た知識だけでも、色々な見方がありますけど……人間が畏れの対象にして、脅威に感じるもの。願いの代償に命や魂を要求されたり、強大な力を持つ存在、がメジャーでしょうか」


ヴァーバラ「うんうん。ここあるものたちにも、ファンタジーでそんなことを描かれているね」


ナレ『だけど、私はまだ整理がついていないことがある。』


奈緒子「……でも、先程あなたが仰ったことで気になることがあります」


ヴァーバラ「ん? 何かな? 」


奈緒子「書物の感想を食事に例える人は少なくないです。あなたがそうであるように。気になるのは、この本の悪魔はおなじ表現を好んでいるのか、代償に近いものなのか、と言うことです」


ナレ『また怪しい笑みをした……。』


ヴァーバラ「……"何らかの願いのための代償"と? 」


奈緒子「は、はい……」


ナレ『今度はにっこり微笑まれる。』


ヴァーバラ「そうだね。近からずそうなるんじゃないかな。だが……この悪魔は"異端"でね。"ハッピーエンド"の作品が大好物なんだ」


ナレ『……この女性は言葉を選んでいる、そう感じた。でも、嘘は感じられない。』


ヴァーバラ「安心おし。何も奪いはしないのさ。まぁ、干渉はするかもしれない。それは"邪魔にならない"形で。フィクションでも、ノンフィクションでもおなじこと。美食で偏食な悪魔に協力してはくれまいか」


ナレ『奈緒子は……気がついてしまったかもしれない。けれど、彼女が敢えて口にしないことを口にすることは、憚られた。だったら……。』


奈緒子「……悪意のない悪魔、なんですね? 」


ヴァーバラ「うん、珍しいだろう? ただ作品を読みたいだけなんだ。過去の作品には限りがある。だから……"お嬢さんは選ばれたんだ"」


ナレ『え? 選ばれた?』


ヴァーバラ「……悩んでいることがあるのだろう? "恋愛がらみの"、ね」


奈緒子「れ、恋愛なんて興味ありません! 煩わしいだけです! 」


ナレ『何でこんなに興奮してるんだろうか?』


ヴァーバラ「あれ? 私は興味云々は言っていないよ? 恋愛がらみの、と言った。困っているんじゃないのかな? 」


奈緒子「……確かに困ることはあります。それは……幼馴染みがモテるのが原因です。小さい頃から兄弟みたいに一緒にいたものですから、登校と下校を未だに一緒にしたがるんです。もう子供じゃないんだから、別々だっていいじゃないですか。一緒に帰りたがってる女の子はいっぱいいるんですから」


ナレ『何故だろう? 初対面なのに、いつも以上にすっきりと話せた。おなじ女性だからか?』


ヴァーバラ「やっかみをされているのかな? だが、不思議だねぇ? お嬢さんくらいだと、男の子は思春期だと思うのだけど。……なら、尚更その本を持ち歩いてごらん。何かしら変化があるだろう」


ナレ『奈緒子はそのままお店を後にした。……妙に引っ掛かることを言われたけれど、私には関係ないと思いながら。』


◇◆◇◆◇◆◇◆


ヴァーバラ「……さて、と」


ナレ『少女が店を出ると、美女は本を開く。……少女に渡した本とそっくりな、いやおなじ本だ。』


ヴァーバラ「おやおや、もう始まっていたじゃないか。ああこれは……予想している通りだね」


ナレ『その本は真っ白だった。しかし、少しずつ文字が増えていく。本からは、立体のようなホログラフィーで映像が映し出されていた。

少女と少年、二方向からの目線ストーリーが描かれている。』


ヴァーバラ「このままでも二人はいづれ結ばれる。だけど、現状が何年も続いてしまいそうだ。それは……"とても退屈"だ」


ナレ『溜め息と共に何かを考えているようだ。

そんな彼女の背後から二つ、忍び寄る気配があった。』


ヴァーバラ「……マリー、マルク」


ナレ『二つの気配はビクッと立ち止まる。しかし。』


マリー「いやぁん☆ "ヴァーバラ"ぁ! 」


ナレ『マリーと呼ばれた美少女が抱き着く。』


マルク「ず、ずるいよ! マリー! 」


ナレ『出遅れたマルクと呼ばれた、マリーよりは少し大人びた美少年がおろおろしていた。』


ヴァーバラ「今日も君たち、兄妹は元気だね」


ナレ『二人に優しく微笑みかけた美女に、いつの間にか角が生えていた。衣服も少し妖艶に。

現れた二人も、背中からコウモリのような羽が出ている。


本を愛する美食、偏食家"ヴァーバラ・グレゴリー"とその使い魔"マリー・サキュバス"、"マルク・サキュバス"。

この三人は人間社会の隙間に、静かに暮らしている。"干渉"をしながら……。

それはまさに、一滴のエッセンス程度の。』


ヴァーバラ「……そうだな。よし、マリー。君にしよう。頼んだよ」


マリー「喜んで☆ 」


ナレ『心底残念そうな兄を尻目に、マリーは暗闇に消えた。』


◇◆◇◆◇◆◇◆


拓人「おい! 奈緒子! 昨日、俺より早く帰ったはずだろ?! なんで帰ってなかったんだよ? 心配するだろ?! 」


奈緒子「……別に私がどこに寄ろうが、あんたに関係ないでしょ?! 」


ヴァーバラ『頑張るねぇ、少年。でも、お嬢さんはうんざり顔だ。』


拓人「なぁ、奈緒……」


マリー「宮藤(くどう)く~ん☆ 一緒に帰ろぉ~☆ 」


ヴァーバラ『お? 見事に遮ったねぇ。』


拓人「いや、俺は……」


マリー「え~? 街中とかぁ、マリーに案内してよぉ~? 」


奈緒子「……私は関係ないでしょ。いってあげればいいじゃない」


ヴァーバラ『少年とお嬢さんの擦れ違い。中々噛み合わないねぇ。

さて、少年は季節外れかは謎だが、今朝がたに転校してきた美少女の誘いを断れるか否か? ……いや、断れやしない。少年、お嬢さんを振り返りながらもマリーに引っ張られていくね。』


女子1「何かやな感じー」


女子2「ねー? いきなり横取りとかー」


ヴァーバラ『あー、お嬢さんたちの印象はよくないねぇ。』


女子1「可愛いって特しかないんじゃない? 」


ヴァーバラ『可愛いだけで世の中渡れたら、どれだけいいだろうねぇ。

おや? お嬢さんが教室のドアを向いて……複雑な想いに浸っているようだ。

……さぁ、この一滴、どう変わるやら。』


◇◆◇◆◇◆◇◆


マリー「風気持ちーね☆ 」


ヴァーバラ『何ともカップルに最適な夕暮れ時じゃないか。

だがどうだ? 少年の表情は晴れやかじゃないね。こんな美少女が隣にいるというのに。』


マリー「でもマリー、ムカプンなのー。一日中マリーに夢中だったのにぃ、宮藤くんと教室出たらぁ……ガッツポーズした二人がいたのよぉ? ひどくなぁい? 」


ヴァーバラ『おやおや、挑戦的だねぇ。』


マリー「だけどぉ、宮藤くんはぁ、マリー選んでくれたんだよねぇ? マリー、超嬉しい~☆ 」


◇◆◇◆◇◆◇◆


マリー「……ヴァーバラ☆ 」


ヴァーバラ「ん? マリーどうした? デート中ではなかったかな? 」


ナレ『パタパタと浮きながら、マリーはニコニコしている。』


マリー「それがねぇ? 」


ナレ『二人は本にまた、目を落とす。』


◇◆◇◆◇◆◇◆


ナレ『マリーのスマホが振動した。』


マリー「はいはぁい☆ マリーチャンでぇす☆ 」


千歳『あたしだけど……』


ナレ『着信相手は、マリーと気の合う派手なクラスメイト千歳。』


マリー「あ、千歳チャン~♪ どうしたのぉ? 」


千歳『デート中悪いんだけどさぁ……。葛西さんが湯島と嵯峨に連れてかれてくの見たんだよねぇ。遠目だけど、無理矢理っぽかったからさ。じゃ、伝えるだけ伝えたよ』


ナレ『マリーがうふっと笑う。』


千歳『え? 何? 』


マリー「……その宮藤くんならぁ、マリーと来るときにぃ、ガッツポーズしてた人がいたから話したんだけどぉ。マリー置いて学校に走ってっちゃったよぉ? 」


千歳『何それ? マリー可哀想ー! じゃあ、あたしらとカラオケ行く? 』


マリー「んー、今日はいいかなぁ。また誘ってねぇ☆ 」


◇◆◇◆◇◆◇◆


ヴァーバラ「そういうことか」


マリー「そういうこと~☆ 間に合うかなぁ? 」


ヴァーバラ「間に合ってくれなければ困るさ」


ナレ『二人は、確信めいた笑みを溢す。


たった一滴、背中を押す言葉がどんな些細な言葉でも、本心を突き動かす。恋する方を動かせば、自ずと相手も動かざる得なくなる。』


◇◆◇◆◇◆◇◆


湯島「宮藤が葛西のこと好きなら仕方ねぇって思ってたけどさぁ。違うみたいだし、俺と付き合おうよ」


嵯峨「待てよ、俺も葛西可愛いって思ってたんだから抜け駆けすんなよ」


ヴァーバラ『少年のあんな姿を見ておいて勝手なことを言うねぇ。思い込みってのは面白いものだ。』


奈緒子「な、なんの話よ?! 恋愛には興味ないし、端からお断りよ! 」


ヴァーバラ『強気に出るが、二人もの少年にはタジタジだね。』


ナレ『場所は体育館倉庫前。』


ヴァーバラ『さてさて、少年はどこかな?

……お? 校舎に入ってきていたね。必死な形相が分かりやすくていいねぇ。』


拓人「お、おい! 奈緒子見なかったか?! 」


ヴァーバラ『スマホを持った派手目のお嬢さんがぎょっとしてるねぇ。』


千歳「マジできたよ……。体育館の方に湯島と嵯峨が連れてった」


拓人「サンキュー! 」


ヴァーバラ『再度走り出した。さぁ、佳境だよ!』

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