物置小屋
実家には蔵と呼ぶ程立派ではないが、納屋というかちょっとした物置小屋が庭にあった。
ギリギリ軽自動車のガレージになるかならないか、といった程度のサイズだ。
地方の立派な由緒ある家とかではない。
神奈川のちょっと奥のほう。横浜や川崎程東京には近くない、田舎寄りの神奈川だ。
静岡出身の曾祖父が遠い親戚から買った神奈川の土地に家を建てた。
父の代で家は一度リフォーム、というか建て替えているのだが、物置小屋はそのままにしていたので相当古い。
あの大きな地震で良く倒壊しなかった物だ。そう思う位古びた掘っ立て小屋である。
しかし古いながらもきっちりと鍵が掛けられていた。
危ないし汚いので基本的に子供の頃から親の許可なく入ってはいけないと言われていた。
今となっては「もう大したものも置いてないから入る必要がほとんどなくなった」場所となっていた。
祖父が亡くなったため、その物置小屋を1度大掃除して遺品整理をしよう、という事になった。
それは僕が大学生だった19の時の事で、ゴールデンウィークに帰省してきた兄夫婦や叔父夫婦と共に納屋を片付ける事にした。
父が「ここに入るのは父さんも久しぶりなんだよ、前に掃除に入ったのは年明けかな。雪降ってスコップ出してさ。よく使うから結局そのまま母屋に置きっぱなしにして」と言いながら扉の鍵を開けた。
その扉を開いた時。
全員が言葉を失った。
そこで小さな子供が寝ていたから。
すやすやと寝息を立てながら。
生きた子供が。
そう、父の言葉が本当ならば年末からずっと鍵を掛けていたはずの物置小屋なのに。
そこからは警察に連絡して、大騒ぎになった。
父はずっと「一体どこから入ったのかわからない」と青い顔で繰り返すばかりだった。
念入りに物置小屋を点検して、明かり取りのような小さな小窓が割れている事はわかった。しかしその窓は小さな子供が忍び込むには高い位置に有りすぎた。
その子は更に意味がわからないのだが、1ヶ月前に静岡で行方不明になった幼稚園児だった。
しかしあの時物置小屋で寝ていた彼は、ついさっきまで寝室で寝ていたかのように綺麗な状態であった。
特に怪我もなく栄養失調や病気の様子もなく、少年は言ったのだ。
「おじいちゃんのお家で飼っている猫が逃げ出したので、庭を出て外を追いかけていたら川に落ちた。ぎゅっと目を瞑って、次に目を開けたらここにいた。夢を見ていたのかと思った」
神隠し。それが現実にある。
物置小屋は警察の入念な捜査の後に事件性無しと判断された。
少年本人に取っては不可解だろうが、トラックの荷台にでもうっかり乗り込んで疲れて我が家の庭に迷いこんだ、といった適当なストーリーが作られた。
1年後には完全に取り壊した。そしてホームセンターで小さなサイズの物置を2つ買ってきて庭に置いた。
「遺品の整理もしたし、今の我が家にはこれくらいの小さな物置が身の丈に合ってる。鍵も新しいし丈夫だし最高だ」
何度も何度も警察に話を聞かれた父と叔父の前で今はもうあの古びた物置小屋の話は出来ない。
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