少女エー。
自分は以前、友達のバンドのスタッフをやっていた。
機材の多いバンドで何かと男手が必要だと頼まれたからだ。
小さめのライブハウスでそこそこ動員を集める位のバンドで、その時は本当に色んな人に出会った。色んな人がいた。まともな人からおかしな人まで。
今回の話はそれ程大した話ではない。
だけど、人間て本当うまくいかないもんだな、切ないなと思った話。
ある時ロック色の非常に強いイベントで、メイド喫茶のメイドさんが今で言う地下アイドル枠で出演した。
今は地下を含めて女性アイドル全盛期だけど、その頃はどちらかと言うとメイド喫茶全盛期。ワイドショーとかでそういう店が頻繁に取り上げられてた頃だ。
そのメイドさんはソロで歌手活動をしていて、芸人さんと一緒にイベントの司会としての出演だった。それでも店長とイベントを主催したバンドの好意で前座で1~2曲歌った。
まあ唄はそんな上手くないけどかなり可愛い子だったし、地下の割にそこそこ良い曲貰ってるなあ、というのが最初の率直な感想。
打ち上げで少しその子と話した。
若いと思ってたらその子はもう23才で、もうすぐ24の誕生日だという。
25までに芽が出なかったら親との約束でメイド喫茶も地下アイドルも止めるんです、と言ってた。
大学を出てそこそこの会社に就職したけど、やっぱり夢が捨てきれなくて1年もせずに辞めてメイドになったとか。
今は一応バイトリーダーなんですよ、とはにかむ。
正直、彼女の出身大学が驚く位良い大学でびびった。
自分は専門卒だしその頃派遣と単発バイトのダブルワークでなんとか食い繋いでたから、有名大学出て良い会社に入ってもドロップアウトする人って本当にいるんだ、と驚いたし勿体ないと思った。
その子、本当に可愛いんだよ。
ただ可愛いだけじゃない、良い大学出てるのもあるのか礼儀正しくて話の内容も幅広くて面白いし、関係者には結構可愛がられてた。
いつもおっかないライブハウスの副店長のおばちゃん(店長の奥さん)すらその子とは笑顔で話す事も多かった位。
普通に良い会社で働いてればエリートと結婚して幸せになれたんじゃないか、女の子ってそういうのが夢なんじゃないのか、それなのに突然輝かしいキャリアを捨ててメイド喫茶でバイトをしながらアイドルを目指すなんて結構思いきったな。
ちょっと学歴コンプがある自分は本気でそう思った。
なんとなく、アイドル目指したきっかけを聞いてみた。その子は今まで全く出会った事のないタイプだったから下心抜きにしても気になって。
高校の時のクラスメイトが、とある有名な女子短大を出てそこそこ有名な企業に就職した、しかしある日突然その仕事を辞めて何故かお天気お姉さんになった。
その頃自分は大して好きでもない仕事をして家で寝るだけの毎日だった。ある日の朝「今日も仕事面倒だなあ」とぼんやりパンを食べながらニュースを見ていたら、お天気コーナーに突然知ってる顔が現れた。
ぎこちなくお天気を読む昔の同級生を見て率直に「いいな」と思った。
それがきっかけです、とメイドの彼女は答えた。
そのお天気お姉さん、実は俺、こっそりファンでDVD持ってるなんて言えなかった。
それから1年間の内に、友達のバンドの出るイベントで何度かそのメイドさんと一緒になった。
たかがスタッフの俺の事もきちんと覚えてくれていて、いつも丁寧に挨拶してくれた。
でもなかなかうまく行かなかったみたいで、結局親御さんとの約束通り、25歳を目処にメイド喫茶も地下アイドルも辞める事になったそうだ。
メイドさんの引退が迫ったある日、新宿で偶然擦れ違った。
彼女はスーツ姿だった。だけど持ってる鞄がさりげなくヴィヴィアンウエストウッドで、なんだか彼女らしいなと思った。
「メイド喫茶の店長に、色んなコンセプトレストランを展開してる会社の本部での仕事を紹介して貰って。今日面接だったんですよ。私、メイドでバイトリーダーずっとやってて思ったんですけど、なんだかんだで裏方の方が向いてるみたいです」
彼女の笑顔は少し寂しそうではあったけれど、声はとても凛としていた。
なんとなく、幸せになって欲しいなと思った。
彼女の同級生だというお天気お姉さんは、しばらくテレビに出演し続けていたが、メイドの引退から1年後、結婚を機にやはり引退を表明した。
お天気お姉さんはブログで引退を表明した。
コメント数は確か3日で300近くになった。
あのメイドさんが引退する時、店のブログでやはり引退表明をした。その時のコメント数は1週間で100も行かなかったのを俺は覚えてる。
でも最後に新宿で会った時の笑顔、あれは嘘じゃないと思ってる、いや、そう思いたい。
それにスーツ姿のあの子だって十分魅力的だった。
幸せって多分平等じゃない。でも、平等であって欲しいなと時々甘ったれた事を考えてしまう。
出来れば今でもステージにいた時みたいにニコニコ笑っていればいいのになと思う。
じゃないとなんとなく、報われないじゃないか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます