SS置き場

タチバナエレキ

実家にいた頃の話。

自分の部屋の端に置いたベッドの丁度枕元に小窓があった。夏には雨さえ降っていなければその小窓を開けたまま寝てしまう事も多かった。網戸も張られているし、虫除けも置いているので問題はない。2階だから特に危ないこともない、はずだった。

その窓は路地に面していて、夜中になると少し離れた広い通りを通過する車の音がよく聞こえたし人の声も響いた。


ある日。夏休みの終わり頃。

少し涼しい夜だったので冷房はつけず、小窓を開けて夜遅くまでベッドの上で本を読んでた。電気はつけっぱなし。

少し眠くなってきてふと時計を見たら2時を越えていた。翌日は特に用事もなかったとはいえ流石にそろそろ寝ようと思い体を起こした。手を伸ばして電気を消そうとした時、外を人が歩く音が聞こえた。雨が上がった後だからか水たまりを踏むバシャッという音がした。

その足音の人は多分ひとり。

近所の誰かがタクシーか何かで遅く帰宅したのだろうか。

その足音は少しづつ近づいて来る。

この路地は我が家の前を通りすぎれば一軒家が数軒、そして小さなアパートでどん詰まりだ。

耳を澄ますと誰かと会話しているように聞こえたので電話でもしながら歩いているのだろう。そう思った。するとその足音が我が家の前辺り、むしろ小窓の真下辺りで止まったのが気配でわかった。

お向かいさん?いや、お向かいさんは旦那さんの遅い夏休みで今家族旅行中だと母が言っていた。新聞配達にはまだ少し早い。まさか空巣の類だろうか?

気にはなったが外を覗く気にはなれない。

小窓からでも外の様子が全く見られないわけではない。でもその時は何故か「見てはいけない」と思ったのだ。


「誰かいますか」


外にいる人はそう言った。男の声だった。私はまさか自分に話し掛けられているとは思わなかったし、返事はしなかった。ただ何か違和感があると思った。


多分この人は電話をしているわけではない。


私はしばらく無言で聞き耳を立てた。数秒後、また外の人は声を出した。


「そこの電気のついた部屋の人、聞こえていますか」


これは私に話し掛けている。


そう気付いた瞬間身体中が総毛立つ。

電気を消す事すら怖くて私は物音を立てないように布団に頭まですっぽりと潜り込んだ。

暑い。暑いのに震える。

数十秒置きに「聞こえていますか」という呼び掛けが響いてくる。

多分若い、二十代位の男の声。とても丁寧な口調で透き通るような声。


怖い。

そこからどれくらいの時間震えていただろう。

気付けば声は止んだが、その「人」が立ち去る音はずっと聞こえないまま。

少し息を殺して待って、新聞配達の音が聞こえてきたのを確認して私は窓の外を恐る恐る覗いた。


その路地には新聞配達の姿しか見えなかった。


そこでようやく私は体の力が抜け眠りに落ちた。


その声の正体は今でもわからない。

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