第90話 両親、死す
「マイク」、「潤」と呼ばれ、嬉しそうに愛嬌を振舞っていた息子。
そのうち婆と爺は二人ともパースで住む事を決め、私は唖然となった。
お母ちゃんは「住みやすいからね」と言ってくる。
まあ、たしかに…。はい、この家は元々はお母ちゃんの家です。
お父ちゃんは、既に仕事は引退してたらしく、お母ちゃんのナイトとして一緒に来たらしい。
エミリーは、この年寄二人を歓迎してくれた。
お母ちゃんは英語も話せるので、仕事に子育てに、と手伝ってくれるが、私はお母ちゃんに子育てを任せなかった。私は、お父ちゃんとは違う。
お母ちゃんは、クリニックの受付を手伝ってくれた。
まあ英語もそうだけど、なにより童顔だ。実際の年齢より若く見えるから親近感を持たせる雰囲気を持っている。
問題はお父ちゃんだ。肝心の英語は片言だが、なかなか通じない。
ナイトの役目も出来ない、こいつは何しに来たんだ。
なので、子育てをお父ちゃんに任せていた。
そして、潤が1歳を迎える前に、エミリーは亡くなった。
事故死だ。
私は39歳になりパスポートとビザの更新の為、1月、冬の日本に一時帰国した。
恋人の博人さんも一緒だ。
今度は2人揃って10年間のビザ申告をしてパースに戻ってきた。
その間、クリニックはエドとユタカに任せていた。
潤は、祖父母と3人で仲良く2ヶ月を過ごしてたらしい。私がパースに戻ると「誰?」とキョトンとしていた。まあ、2ヶ月も留守にしてたからな。
博人さんは2ヶ月間一緒だったせいか、眉間の縦皺が無くなり常に微笑していた。
だから、潤から「あんた誰?」と言われて私が凹んでいても、微笑んでいたぐらいだ。
その年の7月に私の40歳を祝ってくれた。
そして、翌月の8月には潤の2歳の誕生日を祝った。
穏やかに3世代が日々を過ごしていた。
翌月の9月。
いきなり、2人がいなくなった。
私は、最初にエドから聞いた。
「トモ。レディが車にっ…」
続いて、ユタカから。
「トモ!おばさんとおじさんが、事故に…」
お母ちゃんを庇う様に、お父ちゃんも一緒に。
その事故では30数人が重軽傷を負い、10数人が死んだ。
泣きたくても泣けなかった。
いや、でも心の中では泣いてた。
あまりにもショックが大きすぎた。
この時。
母 90歳。
父 86歳。
2人とも、ここパースにて永眠についた。
お母ちゃんは、自分の事を誰にも言わなかった。
お父ちゃんも。
二人とも、秘密は墓場まで持って行った。
でも、その秘密を私は知ってる。
お母ちゃん。
いつまで経っても、私の母親はお母ちゃんだけだよ。
生みの母なんて、くそくらえだ。
お父ちゃん。
軽いチャラ男で最低な奴なんだけど、お母ちゃんの事になると頑として口を割らなかった。でも、その口を割らせて喋らせた私。
約束するよ。
私も、誰にも言わない。
私が頑固なのは、お父ちゃんだけでなくお母ちゃんにも似てるんだよ。
少し歩くと、1台の車が停まってる。
エドが運転席に座ってる。
車の外に出たらしく、ユタカは蹲っている。
ユタカも、お母ちゃんに懐いていたよな。
小中学校の時は、毎週末ごとに5人の家で勉強会を開いてた。
私の家でやる時は、お母ちゃんや私の料理を食べていたからな。
そして、私の後ろには博人さんがいる。
私の背中を、この人に預けている。
このメンバーでやっていける。
だから、心配しないで。
私は、大丈夫だよ。
博人さんが居るから。
空の上から見守ってて。
空を仰ぐと…、珍しく、鷹が飛んでいた。
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