第72話 貰うのはケーキだけ

 深呼吸をして気を取り直したアンソニーは、私にそれを差し出してくる。

 「トモ、これを。我がシンガポールマフィアは、君が仲間になってくれるのを歓迎する。受け取って欲しい」


 真面目な顔で言ってくるアンソニーは、本当にドイツ人なんだなと思わせる美人な顔つくりをしている。でも、その顔は、あのセクハラ爺を思い出させる。

 まだアンソニーの方が可愛いし愛嬌もある。


 だけど、私の心は、博人先生を思い出していた。

 (会いたい、抱かれたい。博人先生…)


 心の葛藤と戦い静まった頃、アンソニーに微笑んでいた。

 そして、はっきりと言ってやる。

 私が微笑んだのが分かったのだろう、アンソニーも微笑み返してきた。

 恐らくアンソニーの頭は良い返事を期待してるだろう。


 (データにアクセスできないという事は、誰も昔の私を知らないという事だ)

 そう思うと、目を閉じて久しぶりに大学でボスの仕事をしてた頃に意識を持っていく。あの頃のように、いや、あの頃以上の睨み顔を心の中でして…。目を開けると、返事をしてやった。

 「いらん」

 3人ともonce moreという表情をしてる。

 アンソニーをジッと見つめてやる。

 この部屋のスペースなんて隣室のスペースと合わせても、そんなに広くない。

 ドンにも、隣の部屋にいる奴にも聞かせてやる。

 貴様らに、テノールの美声を聞かせてやるよ。


 大きく深呼吸して言い放ってやる。

 「隣の部屋に居る奴にも聞かせてやる。

 私は、マフィアには興味ないし、構成員にもなりたくない!

 それに、オモチャもいらない」


 私は、詫びの品だという有名処のスイーツ箱を持ち上げ、言ってやる。

 「この間は、油断してただけだ。でも、次はない!

 まあ、これだけは貰っておく」


 くるっと振り向き、大股にドアに近付き開け放ってやる。


 バンッ!!


 そこには、思った通りの人物が居た。

 目を見開いてたニックに向かい、にっこりと微笑んでやると赤くなっていた。

 「お疲れ様」


 それだけ言うと、その部屋から、その建物から出た。

 自分のフラットへ戻るために。

 (くそったれ、ここはどの辺りだ)と毒づきながら、迷いながら帰って行った。


 翌日から、私はリハビリの勉強をした。

 そう、たしかにあの時は油断したんだ。

 気配も感じなかったのだから。

 ドクターストップ掛かって、7年弱か。

 ハードな運動でなければ良いのだろう。

 なら、オシャレなスポーツをしてやろうじゃないか。


 あれから誰も何も言ってこない。

 不気味だが、こっちからは何も言わない。

 言えば、気にしてるという事だからな。


 でも、私を取り巻く風が変わった。

 ニックが同じフラットに、ジョンは斜め前にあるフラットに越してきた。

 こいつらを銃の代わりに使えという事か。

 もしくは、私の守り役か。

 それとも…、いや何も考えないのが良いかもしれないな。



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る