第71話 シンガポール・マフィア

 それから数日後。

 アンソニーとジョンに連れられて、この間拉致られた場所に行かされた。

 この間と同じ部屋に入ると、入り口には違う人がいた。

 ま、当然だろう。

 だけど、今日は、その奥に連れて行かれた。

 センスの良い調度品が、うるさくなくシンプルに置かれていた。

 その最奥にはカーテンが閉められており、その奥に居る人と話をするみたいだ。

 その人こそが、シンガポールマフィアのドンと呼ばれる人であり、アンソニーの父親だった。

 先日、居宅で会った時とは雰囲気が違う。

 「マフィアのドン」だと、自己紹介をしてくれた。

 

 関わりあいたくないというのがあり、丁重に断って回れ右をした。が、アンソニーが離してくれない。真面目な顔をしてるし。そのドン自ら何かを手にして、こっちにやってくる。

 「この間の詫びだ」と言って、手渡してくる。

 何なのか、その袋を見ると有名なスイーツ店のロゴが入ってる、私でも知ってる有名なケーキ店だ。どうせなら病院に持って来い、と思ったが相手が相手だ。

 口に出して言えないが、そのケーキは貰っておこう。


 そして、もう一箱。

 こちらは、なんか嫌な気配がする。

 「勝手に調べさせてもらった。だが、アクセスができず困ってたんだ。ジュニアが日本で一緒だったと聞き、近年の事しか分からない」と、いきなり別の声が聞こえた。横目で見ると、フィルだった。


  -データにアクセスできない -

 それは、サトルやユタカが独自に開発したプログラムだからだ。

 私も含めた10人のデータは、この2人の開発したプログラムに取り込み、外部からのハッキング等から守られてる。サトルとユタカの2人のパスに付け加え、各自のパスも付け加えているからだ。そう簡単に外れることはない。


 「近年ので十分だ」

 ドンの声で、現在に引き戻された。

 そして、残る一つの箱を蓋を開け中身を見せてくれる。


 それは、どこから見ても銃だった。

 「最近は、どこの国も物騒だ。持っておくと良い。

 使い方はジョンにでも教わると良い。なあ、ジョン?」

 「はい」とジョンは答えた。


 私に、マフィアの構成員になれとでも言う気か?

 この私に!


 チラッと見ると、闇に吸い込まれそうな黒ピカだ。

 警察が持ってるような代物ではなく、殺傷能力の強い物だと思われる。

 パッと見て分かるのは、1丁はドイツ製のワルサーだ。

 これは38か?

 シンガポールという土地柄にしては、なぜドイツ製なんだろう。ああ、親戚がドイツ人だからか。贅沢にもサイレンサー付きだ。


 もう1丁は、PPKだ。

 でも、この間ここで囲まれた時は、マカロフが殆どだったぞ。

 ベレッタも何人かいたな。


 ワルサーP38は大学の学長が所有して、PPKの方はサメが所有していたな。2人とも、よく射撃を見せてくれてたもんだ。

 そういえば、サトルも護身用にベレッタ持っていたな。アメリカでは、銃の携帯は必須だと言っていた。

 ユタカも、護身用に持ってたな。ワルサーと、母親の形見であるガスガンの2丁を見せてくれたものだ。


 いやいや、また過去に遡っていく…。


 その私の思いを破ってくれたのは、誰かがノックしたからだ。


 「誰だ?」

 ドンは、サッと身を翻しカーテンの奥に消える。


 ドア越しに声を掛けてくる、その声は聞き覚えがある。

 「失礼します。今日は新たな人が入ってくると聞いたもので。

 指示された時間より5分早いですが、よろしいでしょうか?」

 アンソニーはカーテンに向き直り、声を掛ける。

 「もうそんな時間か。ドン」

 「まだ渡してない」

 「そうですね。では、私が代わりに渡してもよろしいでしょうか?」

 「フィル。これを」

 「はい」

 アンソニーはムッとしていたが、フィルはお構いなしに受け取り、それを「リトル・ジュニア」とボソッと付け加えてアンソニーに渡す。

 その言葉に対して、アンソニーはギロッとフィルを睨んでいた。


 そのアンソニーの様子を見ていた私は(こいつが跡を継ぐのか。信じられない…。大丈夫なのだろうか。発せられる言葉に対して、こんなに動揺したりムカついたりしてたら任せられないだろう。もしアンソニーが継いだら、シンガポールマフィアは潰れるのではないか)と、真剣に思ったものだ。

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