第59話 告白

 「ピンポン、ピンポン」

 エントランスからの呼び鈴が鳴った。

 「はい」

 「ちょっと早くなったが、良いかな?」

 「どうぞ」

 エントランスのボタンを押してドアを開ける。


 しばらく待ってると「ピンポーン、ピンポーン」と、玄関の呼び鈴が鳴った。

 セキュリティミラーを覗くと、ひろちゃんが立っているのが見える。

 ドアを開けると、「これ、手土産」と渡してくれる。

 え、手土産って?

 「ありがとうございます。どうぞ」

 「うん」と言いながら、後ろ手で鍵を閉めて、そのままの状態でチェーンを掛けてくれる。

 器用な奴だこと。

 「何を作ってくれたんだ?」

 「まだ、これから作ろうとしてたんですよ」

 「へー、何を作るんだ?」

 「チャーハンとラーメンとオムライス、どっちがいいですか?」

 しばらく考えた博人さんの返事は「チャーハン」だった。


 「ごちそう様でした」

 と、皿を舐めたように綺麗に一粒も残さずに食べてくれた。

 食後の飲み物を、自分のも一緒に2人分を入れてテーブルに持ってきた。

 話って何だろう、それに渡したい物って何だろうな。

 気持ちが落ち着いたのだろう、鞄から何か四角い物を取り出してる。


 「これを渡したくて、ずっと持っていた」

 返品は無しで、受け取ってもらいたいな…、と小声で付け加えてくる。

 「どういう意味ですか?」

 「私はね、よく考えたうえでの行動なんだよ」


 ひろちゃんはモジモジとしていたが深呼吸をして落ち着いたのか、私の方を見て言ってきた。

 「友明。

 私はね、君が好きなんだ。だから、これを受け取ってもらいたい。

 出来れば、恋人に…、恋人として付き合ってもらいたい」


 それを聞いて、私は驚き目を瞠った。

 ひろちゃんの顔は、真っ赤だ。

 「返事を…、え、どうした?

 何を泣いてるんだ?

 泣かすような事を言ったか?」

 泣いてなんか、無い。

 頭を横に振り、私は言った。

 「嬉しくて、そう思っただけ」

 え、涙が出てるって…おかしいなあ。


 「ともあ…」

 「博人先生。私はね、ずっと貴方のことが気になってしかたがなかったんですよ。好きなんだという事に気が付いたのは1年ほど前のことなんです。でも、言わないようにしようと思ってました。困らせるだろうと思って、何も言えなかった」

 そう言うと、ひろちゃんは箱を手に取り、直に手渡そうとしてきた。

 「これを…」

 「中身は、何ですか?指輪とかだったら要りません。お返しします」

 「指輪ではないよ。開けて見てくれ」

 少し戸惑い、勇気を振り絞って開けて見た。


 これは…。


 「日本に帰って、彼女に会えたら渡そうと思ってた。

 でも、彼女は実在しない。そう知った時は、抵抗したが…。

 いつの間にか、彼女ではなく友明のことを想っていた。

 私は、彼女の声や名前は知らないんだ。だから、私の持ってる写真は捨てた。だから後悔なんてないよ。

 友明。私が欲しいのは、近くに居てくれる人だ。私を見て一緒に食事をしたり、話をしたり、笑ったり泣いたりと喜怒哀楽を見せてくれる人が良いんだ。受け取って欲しい」

 真っ直ぐに私を見て言い切ってくれる。

 でも、何か忘れてないか?

 「貴方には婚約者がいるでしょ。見合いしましたよね」

 「見合いイコール結婚ではない」

 「え…、この秋には結婚するって」

 「誰が言ったんだ?」

 「博人先生の婚約者」

 「婚約者なんていないぞ。これから恋人になって欲しいと、告ってるのに」

 彼女と、なんか話が違うぞ。

 「ひろ…」

 言いかけた時、携帯が鳴った。


 ブルルル、ブルルル、ブルルル…。

 自分のでは無い、博人先生のだ。

 「電話鳴ってますよ。どうぞ、出てください」

 その電話の画面に、相手の名前を確認したのだろう。

 ひろちゃんは出なかった。

 「出なくて良かったのですか?」

 「今は出たくない。こうやって話をしてるのだから、返事を聞きたい」


 内心は、こう思っていた。

 嬉しいと、一言しか浮かんでこなかった。

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