第53話 父にカミングアウトする

 数日後、お父ちゃんが1人で見舞いに来てくれたが、なんとなく話がしづらい。

 お母ちゃんに貰った本のことを言うと、渋っていたが「読むつもりはない」と毛嫌いしてた。

 「でも、面白かったよ」と言うと、読んだのかと驚いていた。

 「これが40歳代なら読んでたんだが…、70歳も超えると」とボヤイテいた。

 自分の年齢って、関係あるのか?

 でも、それで話は終わった。


 すると、いきなり話を振ってきた。

 「好きな人いるのか?」

 「いるよ。それが?」

 「いや、この間の…、本当のっていうか、ああいう話題をするってことは、その結婚とかあるのかなと思ってて…」

 「結婚というのは考えてない。ただ、自分の生い立ちが知りたいだけだ」

 「それは、付き合ってる人にも話したいという気持ちか?」

 「それは分からない」

 しばらく無言だったが、ポツリと話してくれた。

 その当時のことを。


 聞いてると、段々と腹が立ってきた。

 「なんで、そういう事言うんだよ!人権無視してるのと同じじゃないかっ!」

 「友明、それは…」

 「違わない!そんな事を言われて、『はい、そうします』なんて言えるわけないだろ。違うか?」

 「今は、そう思う。だけど、あの時は必死だったんだ」

 「それなら、どうして籍を入れたんだ?入れてなかった筈だ」

 「それは、お前たちが居るからだ」

 「どういう意味?」

 「それに、一緒に居ると癒される。そのオアシスを手放したくない。そういう気持ちがあったからだ」

 腹が立ち、息をするのも苦痛だ。


 はあ、はあ…と喘いでるのが自分でも分かる。


 こいつと同じ部屋に居たくない、新鮮な空気が欲しい、自由に息をしたい。

 なにかが変だと思ったのだろう、「大丈夫か?ナースを呼ぼう」と言ってくるが、そんなのは要らない。だから言っていた。

 「要らん」

 声が低くなってるのが、自分でも分かる。

 「あんたは、本当に最低な奴だな。別々に暮らしてて良かったよ」

 「ともあっ…、ぶっ」

 枕を投げつけていた。


 「最後に、これだけ聞いとく。俺たち3人の名前は誰が付けた?」

 「お母さんだ」

 「どっちの?」

 「お前達がお母ちゃんと言ってる方のだ」

 「生みの方では、無いんだな」

 「ああ、そうだ」

 「…分かった」

 「お前の好きな人っていうのは…」

 「誰だろうが別にいいだろ」

 「いや、それでも…」

 「ただの好奇心からだろ」

 「もしかして、男か?」


 ……。


 「アノ本を読んだというのなら、好きな人は女ではなく男だろ」

 腹は決まった。

 「…うざい。本当にうざいな、あんたは」

 「相手が、どんな男なのか知らんが…、やめとけ」

 「煩い」

 「ともっ」


 蹴りッ!


 股間を蹴ったのだから、当然、蹲るだろうな。

 息を吸って、大声で言ってやる。

 「誰が誰を好きになろうと、それは俺の勝手だろう。あんたの子供は3人のうち2人は結婚した。優人は子供も生まれ、あんたには自分の血を引く孫が出来た。

 それに、俺は結婚なんてまだ考えてもないし、相手もそうは思ってない」

 「なるほど、相手はノンケか」

 「なにしろ、この3月に大学を卒業したばかりだからな」

 「あ、それもそうか。それなら結婚なんて、まだまだ先かぁ」

 「当たり前だろ」

 ギロッと睨んでやる。


 そして、付け加えるように言ってやる。

 「私は、男であるあの人を好きになったわけではない。

 ただ、好きになった人が男だった。それだけだ」


 お父ちゃんは、それを聞き驚いていた。


 その病室の壁一枚を隔てた廊下側には、院長が立っていた。

 ひろちゃんが聞いていたなんて知らなかった。

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